溺愛の価値、初恋の値段
突然、話の行く先が見えなくなった。
葉月さんは、綺麗にネイルアートが施された指でスマートフォンを操作して、わたしに差し出す。
「口座番号を入力してもらえるかしら?」
「あ、の……」
「一千万円で、どうかしら? 当分、焦って仕事を探す必要もなくなるし、もう少しいいお部屋にも移れると思うのだけれど」
十年前のあの日のことが、脳裏によみがえった。
相手は、飛鷹くんのお母さんではないし、状況もあの時とは違う。
目の前に札束があるわけでもない。
でも、言われていることは同じだった。
一千万円。
葉月さんにとって、飛鷹くんは――飛鷹くんがくれるものの価値は、一千万円しかない。
「……いやです」
気がついたら、声に出ていた。
「海音さん。感情的にならずによく考えて……」
考える必要なんかなかった。
あの時――十年前に言うべきだった言葉が口をついて出た。
「葉月さんにとって、飛鷹くんは一千万円の価値しかないんですか?」
「え? そういうことでは……」
「一千万円で、飛鷹くんを買えると思ったんですよね? でも、足りません。一千万円では、ぜんぜん足りないです」
「あなた……」
苛立ちを溜息で表した葉月さんは、スマートフォンを操作して再び差し出す。
「わかったわ。じゃあ、いくら欲しいの?」
わたしは、差し出されたスマートフォンの画面を閉じた。
「ちょっとっ……」
「お金があれば、たいていのものは買えます。でも、お金があっても、買えないものもあります」
「何をいまさら……。あなたは、空也よりお金を取ったじゃないの」
あの時のわたしは、お金があったら何ができるかってことばかり考えていた。
でも、お金があっても、できないことだってある。
お金があっても、わたしは「味」を感じられない。
お金があっても、過去に起きたことを書き換えられない。
お金があっても、誰かを好きだという感情を買うことはできない。
「あの時は、飛鷹くんがわたしにくれたものがどんなに大切なものなのか、わかっていなかったんです。傍にいるだけで、幸せな気持ちにしてくれたから。でも、飛鷹くんと会えなくなって、気づいたんです。わたしが幸せだったのは、飛鷹くんがわたしのことを好きでいてくれたからだって。当たり前のように、そこにあるものこそ、お金では買えないんだって。本当に価値のあるものは、お金では買えない」
「……綺麗事ね」
「でも、本当のことです」
「空也の将来は、どうでもいいと言うわけね?」
あの頃、子どもだったわたしは、飛鷹くんの強さを信じていなかった。
どんなことがあっても、夢を叶えてみせる強さを――。
でもいまは、違う。
葉月さんは、綺麗にネイルアートが施された指でスマートフォンを操作して、わたしに差し出す。
「口座番号を入力してもらえるかしら?」
「あ、の……」
「一千万円で、どうかしら? 当分、焦って仕事を探す必要もなくなるし、もう少しいいお部屋にも移れると思うのだけれど」
十年前のあの日のことが、脳裏によみがえった。
相手は、飛鷹くんのお母さんではないし、状況もあの時とは違う。
目の前に札束があるわけでもない。
でも、言われていることは同じだった。
一千万円。
葉月さんにとって、飛鷹くんは――飛鷹くんがくれるものの価値は、一千万円しかない。
「……いやです」
気がついたら、声に出ていた。
「海音さん。感情的にならずによく考えて……」
考える必要なんかなかった。
あの時――十年前に言うべきだった言葉が口をついて出た。
「葉月さんにとって、飛鷹くんは一千万円の価値しかないんですか?」
「え? そういうことでは……」
「一千万円で、飛鷹くんを買えると思ったんですよね? でも、足りません。一千万円では、ぜんぜん足りないです」
「あなた……」
苛立ちを溜息で表した葉月さんは、スマートフォンを操作して再び差し出す。
「わかったわ。じゃあ、いくら欲しいの?」
わたしは、差し出されたスマートフォンの画面を閉じた。
「ちょっとっ……」
「お金があれば、たいていのものは買えます。でも、お金があっても、買えないものもあります」
「何をいまさら……。あなたは、空也よりお金を取ったじゃないの」
あの時のわたしは、お金があったら何ができるかってことばかり考えていた。
でも、お金があっても、できないことだってある。
お金があっても、わたしは「味」を感じられない。
お金があっても、過去に起きたことを書き換えられない。
お金があっても、誰かを好きだという感情を買うことはできない。
「あの時は、飛鷹くんがわたしにくれたものがどんなに大切なものなのか、わかっていなかったんです。傍にいるだけで、幸せな気持ちにしてくれたから。でも、飛鷹くんと会えなくなって、気づいたんです。わたしが幸せだったのは、飛鷹くんがわたしのことを好きでいてくれたからだって。当たり前のように、そこにあるものこそ、お金では買えないんだって。本当に価値のあるものは、お金では買えない」
「……綺麗事ね」
「でも、本当のことです」
「空也の将来は、どうでもいいと言うわけね?」
あの頃、子どもだったわたしは、飛鷹くんの強さを信じていなかった。
どんなことがあっても、夢を叶えてみせる強さを――。
でもいまは、違う。