溺愛の価値、初恋の値段
飛鷹くんのことだから、わたしがいなくてもちゃんと生活して、仕事をしているのだと思っていた。
『このまま……空也のところへは、帰って来ないつもり?』
「そ、れは……」
『ねえ、海音ちゃん。空也に会うのがいやなら、僕と会おうよ。空也がやらかした経緯は、僕でも説明できると思うから。葉月とのことも、空也の恥ずかしい過去の数々も全部知ってるし』
(数々って……そ、そんなにあるの?)
一瞬、ロメオさんから聞いてしまおうかと心が揺れた。
でも、それではいけない。
楽な方に、逃げてはいけない。
ちゃんと、飛鷹くんの言葉で聞かなくては意味がない。
「ありがとう、ロメオさん。でも、飛鷹くんから聞きたい。葉月さんからも、聞いたから」
『葉月……海音ちゃんのところに突撃したの?』
「うん。さっきまで、部屋で話していたところ」
『だ、大丈夫だった? 襲われなかった? 葉月って、敵とみなした相手に、えげつない報復するらしいから……』
心底心配そうに尋ねられて、そんなに危ない人だったのかと、いまごろ怖くなる。
「だ、大丈夫。話をしただけだし。最後は……たぶん、わかってくれたと思う」
『海音ちゃん、頑張ったんだね。葉月を撃退するとは、さすがだよ』
「頑張ったって……言えるのかな」
『え。……まさか、空也のこと、のしをつけて差し上げますとか言っちゃった?』
「言ってないよ」
電話の向こうで、ロメオさんがほっとしたように大きく息を吐いた。
『……よかった。あのね、海音ちゃん。空也は、海音ちゃんが思っているほど、強い人間ではないよ。確かに、日本を離れて、自分のやりたいことを貫こうと決めた十六歳の空也は、困難に体当たりする強さがあった。ある意味怖いもの知らずだったと思う。でもね、大人になったからこそ――いろんなことがわかるようになったからこそ、臆病になることもあるんじゃないかな?』
「……臆病?」
飛鷹くんにはまるで似つかわしくない単語だ。
訝しむわたしに、ロメオさんは優しく説明してくれた。
『自分が手にしているものが、どれほど価値のあるものなのか知っていたら、失うのが怖くなるのは――失いたくないと思うのは、当然だと思うよ』