溺愛の価値、初恋の値段
「目標は、次の学期末テストで百番以内に入ること。あと二か月あるし、楽勝でしょ」

「えっ!」


いきなりそんな大それた目標を立てるなんてとんでもないと慄くわたしに、飛鷹くんは真顔で宣言した。


「高校、行きたいんだよね?」

「で、でも、毎週金曜日だと、あと八回しか……」

「なに、寝ぼけたこと言ってんの? 八回は直接教えるけど、毎日自分で勉強するに決まってるでしょ」

「ま、毎日っ!?」

「さっそく、今日から始めるよ。全教科の教科書持ってきて」

「ぜ、全教科っ!?」

「総合順位なんだから、全部やらなきゃ意味ないでしょ? 早く!」

「は、はいっ」


飛鷹くんと共に、これまでの授業で理解できていない箇所を確認し終えたのは夜の十時。さすがに家の人が心配するのではと訊ねれば、「いつもこれくらいの時間まで、親帰ってこないから大丈夫」と言われた。

「ねえ、飛鷹くん。もう夜遅いから、家まで送ろうか?」

いくら大丈夫と言われても、やっぱり心配。玄関で靴を履く飛鷹くんの背中に申し出てみたら、冷ややかな目で睨まれた。

「俺、男だし。あんたが出歩くほうが危ないでしょ」

「でも、飛鷹くんかわいい顔してるから、女の子に見えるかも……?」

さらに、ものすごく冷ややかな目で睨まれる。

「じゃあ、また来週。それまでに、今日言った範囲の復習終わってなかったら、次は倍の範囲にするから」

「えっ」

学校指定の鞄を抱え、玄関のドアを開けた飛鷹くんが振り返る。

「……あのさ」

「な、なに?」

もしかして、やっぱりいまから範囲を追加する気では、と怯えるわたし。

飛鷹くんは不貞腐れたような、照れたような、なんとも言えない顔でぶっきらぼうに訊ねた。

「あんた、名前は?」

「え。(みなと) 海音(あまね)だけど。あ、あまねは、海の音って書く」

「ふうん…………」

飛鷹くんは、なぜか沈黙したまま俯き、立ち去ろうとしない。

「あの……飛鷹くん?」

まだ何か用があるのかと言いかけたわたしは、ふいに顔を上げた飛鷹くんの満面の笑みに不意打ちを食らった。

「海音の作ってくれたオムライス、すごく美味しかった。おやすみ」

「…………」

バタン、と玄関のドアが閉まる音で我に返る。

頬は熱いし、心臓はドキドキするし、足はガクガクする。

恋愛経験値のまるでないわたしには、これが「好き」という感情なのかどうか、わからなかった。

(と、とりあえず……勉強しなきゃ!)

こうして、わたしと飛鷹くんの「オムライス契約」は結ばれた。
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