溺愛の価値、初恋の値段
わたしの味覚障害は、まだ完治していない。
でも、以前に比べると格段にはっきりと「味」を感じられるようになっていた。
毎日、飛鷹くんと一緒にごはんを食べているおかげかもしれない。
飛鷹くんが「美味しい」と言ってくれるたび、わたしも「美味しい」と思う。
食べてくれる人がいるから、料理することが楽しい。
「音無さんのおかげです。いつも、いろんなことを教えてくれるから、試してみたくなるんです」
現在、味覚のリハビリ中であるわたしは、週に三、四日、征二さんのお店を手伝っている。
実際に料理を作ることはないけれど、傍で見ているだけでも学べることはいっぱいある。
そして、音無さんがお休みの日には、音無さんと一緒に料理をするのが、暗黙の約束のようになっていた。
音無さんからは、フランス料理だけでなく、和食やイタリアンなど、いろんな「味」や実践的な技を教えてもらっている。
そうして……「味見」ができるようになったら、改めて料理の勉強をするつもりだった。
調理師だけでなく、栄養士の資格も取りたいと思っているので、来年の入学を目指し、専門学校や短大など、いろんな学校の資料を集めて検討中だ。
「僕でも少しは役に立てたなら、嬉しいよ」
「少しどころじゃないです。音無さんが、昔のように感じられなくてもいいんだって言ってくれたから……もう一度、食べること……料理をすることと向き合おうと思えるようになったんです。それに……『お父さん』になってくれて、嬉しかった」
音無さんは、わたしを自分の嫡出子として認知してくれただけでなく、自分の戸籍に入るよう手続きしてくれた。
つまり、本当に「父」と「娘」になったのだ。
飛鷹くんと結婚するまで――ほんの半年の間だけだけれど、わたしは「湊 海音」ではなく「音無 海音」として生きる。
「なんだか、照れるね。何か飲まないと耐えられないかも……。飲み物、取って来るよ。海音さんは、ソフトドリンクがいい? それともワイン? ビール?」
「ええと……ワインがいいです」
「今日の天気からすると……冷えた白がいいかな?」
「はい」
ドリンクバーのある一画に向かう音無さんの後をさりげなく追う女性たちの姿が、目についた。
その数たるや、一人や二人ではない。
コックコート姿が一番ステキだけれど、仕立てのいいスーツ姿の音無さんは、娘の目から見てもイケメンすぎた。
(無事に戻って来られるかな……)
ハラハラしながら音無さんを眺めていたら、突然背後から肩を叩かれて、飛び上がった。
「海音さん」