溺愛の価値、初恋の値段
「は、はいっ!?」
振り返った先にいたのは、思いがけない人物だった。
「は、葉月さん……?」
「そんなに怯えなくてもいいじゃない。別に、修羅場を繰り広げようと思って来たわけじゃないわよ? 一応、わたしも『関係者』として、招待されているの」
今日の葉月さんの装いは、サックスブルーのシンプルなワンピース。
黙っていれば、清楚なお嬢様にしか見えないけれど……会えて嬉しいとは思えない相手だ。
愛想笑いも引きつってしまう。
「で……いい加減、空也と結婚したの?」
「え、いえ、まだ準備中で……」
「まだ? 空也のこだわりのせいかしら? ほんと、あの男は『海音』を溺愛しすぎ」
「で、溺愛というわけでは……」
「あれを溺愛と言わずして、何を溺愛と言うのよ? いい年して、うだうだと! 海音にいっそ責められたほうが楽になれるとか、海音に嫌われているかもしれないとか、海音がトラウマになるようなことをした自分を絞め殺したいとか、情けないことばかり言うのは……」
勢いよく飛鷹くんをこき下ろしていた葉月さんが、いきなりぴたりと口を閉ざした。
「あの、どう……っ!」
どうかしたのかと言いかけたわたしは、いきなり背後から抱きしめられて、死ぬほど驚いた。
(だっ……だだだ、誰っ!?)
「葉月っ! おまえ、海音に何をしてるんだっ!?」
頭上から降って来たのは、飛鷹くんの声だった。
(お、驚かせないでほしい……)
「何もしてないわよ」
「これからするつもりだったんだろう?」
「失礼ね」
「おまえは、なんの企みもなく行動しない」
「酷い言い草だけれど……そのとおりだから、言い訳はしないわ。でも、わたしは、空也のためにしてあげたのよ? それなのに、文句を言われるなんて。感謝してほしいくらいなのに」
「俺のため? 見え透いた嘘を……」
「嘘じゃないわよ。だって……」
葉月さんは、自信たっぷりにわたしに微笑みかけた。
「海音さん。一千万円で……『サイテー』なあなたは、消えたわよね?」