溺愛の価値、初恋の値段
「仲直り、できるといいね。お父さんとお母さん」
「は? なに言ってんの? 仲直りなんて、できるわけないじゃん。俺が大人になるまでは別れないとか、子どもを理由にしなきゃ続けられないなんて、もう終わってる証拠」
「それでも一緒にいてくれるの、羨ましいよ」
思わず呟いてしまってから、はっとした。
「あ。ご、ごめんね! 飛鷹くんのうちのこと、何も知らないのに偉そうなこと言っちゃって……ほら、わたし、お父さんってどんなものなのか知らないから……よくわからなくって……」
「……ごめん。俺のほうこそ、無神経だった」
俯いて沈黙してしまった飛鷹くんの様子に、わたしは焦った。
「そ、そんなことないよ! 飛鷹くんが色々話してくれて、嬉しかったよ! わたしが何かできるわけじゃないけど、でも、話を聞くくらいならいつでもできるから。き、金曜日だけじゃなくって、その、辛かったり、寂しかったりしたら、いつでも来ていいからね! わたし暇だし……ね、飛鷹くん……泣かないで」
「泣いてねーし。大体、暇ってなんだよ。勉強しろよ」
顔を上げた飛鷹くんに睨まれて、首を竦める。
「食べすぎたから、ちょっと動かないと」
いつものようにお皿を下げてくれようとする飛鷹くんを慌てて引き止める。
「あ、片付けはいいよ。お礼だし」
「は? 聞こえない」
「え、ひ、飛鷹くんっ!」
「しつこいっ! 座ってろっ!」
「……ハイ、スミマセン」
わたしが、ニセモノシャンパンをすすっている間に、手早く洗い物を終えた飛鷹くんは、帰り支度を始めた。
「え、もう帰っちゃうの?」
「もうって……十時過ぎてるんだけど?」
「ほんとだっ! 楽しすぎて、気づかなかった……」
「あのさ、海音。こんな夜遅くまで男と部屋で二人きりって、なんとも思わないわけ? 俺じゃなかったら、おまえ襲われてるから」
「わたしだって、飛鷹くんじゃなければ、二人きりになんてならないよ」
「……それ、嬉しくない」
「どうして? 信用してるからなのに……」
飛鷹くんは、なぜか一段と仏頂面になったけれど、玄関のドアを開けて振り返った。
「…………海音、初詣行く?」
「へ? 誰と?」
「俺と」
一瞬、何を言われているのかわからなかった。
わたしと飛鷹くんは、これまで一度もアパートの外で一緒に過ごしたことがない。
それがいきなり初詣とは、いろんなことをすっ飛ばしているのでは……。
「ど、どうして?」
「理由が必要なの?」
そんなものを訊くほうがどうかしているという顔で睨まれてまで、粘れない。
「……ヒツヨウナイデス」
「一応、三日で考えておいて。連絡する」
「ど、どこに?」
これまで、連絡を取る必要がなかったので、二か月も一緒にいながら、わたしたちはお互いの電話番号すら交換していなかった。
「ああ、そっか。なんか、もうずっと一緒にいるから、すっかり忘れてた。ほら、スマホ出して」
言われるままに差し出すと、飛鷹くんはあっという間に電話番号やらSNSの設定やらを終えてしまった。
「空也で登録したから。これからは、呼ぶときも飛鷹くんじゃなく空也ね」
「えっ! どうして?」
(いきなり名前呼びは無理。無理だってば!)
「不満なわけ?」
「イイエ……」
逆らえるはずもなく、頷くしかない。
「じゃあ……よいお年を。海音」
飛鷹くんは、動揺しきりのわたしを見て満足したのか、にっこり笑って去って行った。