溺愛の価値、初恋の値段
木曜日の冤罪
大事な話があると呼び出されたバーの一角で、わたしはうんざりしていた。
泣いたり怒ったりと忙しい後輩の湯川さん――とは言っても彼女は正社員で派遣社員であるわたしより立場は上――に、やってもいない不倫を咎められている。
「湊さんって、陰では遊んでるんですよね?」
「自分が結婚できないからって、人のものを奪ってもいいんですか?」
「沼田課長が、湊さんだけに優しいのもおかしいですよね?」
次々と並べ立てられる冤罪に、いちいち反論する気も起きない。
こうなった原因はわかっている。
先日の部署内の飲み会で、沼田課長と揉み合いになったせいだ。
女癖が悪いことで有名な沼田課長が、トイレに立ったわたしを追いかけてきて、酔ったふりをして抱き着いてきた。
彼とどうこうなる気がまったくないわたしには、大迷惑。こちらも酔ったふりをしてハイヒールで足の甲を踏みつけてやった。
その場面を目撃した誰かが、事実を歪曲して噂を流したらしい。
いまや、わたしと沼田課長は不倫の仲だという話が、社内で囁かれている。
その上、沼田課長の奥さんならまだしも、こうして本当の不倫相手の湯川さんに絡まれるなんて、とばっちりもいいところだ。
(さっさと終わらせてくれないかな……ものすごく、めんどくさいんだけど……)
と言ってしまえばいいのかもしれないが、コトナカレ主義第一のわたしには、とてもそんな真似はできない。可能な限り穏便に、この場を切り上げたかった。
「何度も言うようだけれど、わたしと沼田課長はそういう関係ではないし、そうなるつもりもまったくないので……」
「そんな言葉、信じられませんっ!」
湯川さんは泣いたり喚いたり、静かなバーの雰囲気を台無しにして営業を妨害している。
たとえ、カウンターの男性二人組しか客がいないにしても、だ。
(どうしてこんなおしゃれなバーでこんな話をしようと思ったのかな?
外のほうが目立たないよね?
それに、湯川さんはとっても迷惑な人だけれど、顔立ちはかわいいし、フェミニンな服がよく似合う「女の子」。
実態はどうであれ、見た目は癒し系。
いくらでもすてきな男性とお付き合いできるはずなのに。
なぜ既婚者で、たいした取柄もなさそうな沼田課長がいいのか、解せないんだけど……)
そんなことをつらつら考えていたら、湯川さんがいきなり水の入ったグラスをひっ掴んだ。
泣いたり怒ったりと忙しい後輩の湯川さん――とは言っても彼女は正社員で派遣社員であるわたしより立場は上――に、やってもいない不倫を咎められている。
「湊さんって、陰では遊んでるんですよね?」
「自分が結婚できないからって、人のものを奪ってもいいんですか?」
「沼田課長が、湊さんだけに優しいのもおかしいですよね?」
次々と並べ立てられる冤罪に、いちいち反論する気も起きない。
こうなった原因はわかっている。
先日の部署内の飲み会で、沼田課長と揉み合いになったせいだ。
女癖が悪いことで有名な沼田課長が、トイレに立ったわたしを追いかけてきて、酔ったふりをして抱き着いてきた。
彼とどうこうなる気がまったくないわたしには、大迷惑。こちらも酔ったふりをしてハイヒールで足の甲を踏みつけてやった。
その場面を目撃した誰かが、事実を歪曲して噂を流したらしい。
いまや、わたしと沼田課長は不倫の仲だという話が、社内で囁かれている。
その上、沼田課長の奥さんならまだしも、こうして本当の不倫相手の湯川さんに絡まれるなんて、とばっちりもいいところだ。
(さっさと終わらせてくれないかな……ものすごく、めんどくさいんだけど……)
と言ってしまえばいいのかもしれないが、コトナカレ主義第一のわたしには、とてもそんな真似はできない。可能な限り穏便に、この場を切り上げたかった。
「何度も言うようだけれど、わたしと沼田課長はそういう関係ではないし、そうなるつもりもまったくないので……」
「そんな言葉、信じられませんっ!」
湯川さんは泣いたり喚いたり、静かなバーの雰囲気を台無しにして営業を妨害している。
たとえ、カウンターの男性二人組しか客がいないにしても、だ。
(どうしてこんなおしゃれなバーでこんな話をしようと思ったのかな?
外のほうが目立たないよね?
それに、湯川さんはとっても迷惑な人だけれど、顔立ちはかわいいし、フェミニンな服がよく似合う「女の子」。
実態はどうであれ、見た目は癒し系。
いくらでもすてきな男性とお付き合いできるはずなのに。
なぜ既婚者で、たいした取柄もなさそうな沼田課長がいいのか、解せないんだけど……)
そんなことをつらつら考えていたら、湯川さんがいきなり水の入ったグラスをひっ掴んだ。