溺愛の価値、初恋の値段
「わたしじゃないみたい……」
「そう? わたしは、こっちが本物の海音ちゃんだと思うわよ? 無理に自分を押し込めることに慣れてしまうのは、よくないわ。きれいに着飾って、自分を好きになることも大事。ね?」
「はい」
にっこり笑う京子ママにつられて笑うと頬ずりされた。
「んもうっ! かわいいんだからっ!」
二人でくすくす笑いながら居間へ戻ると、お母さんがにやにや笑いながらスマートフォンを差し出した。
「海音、電話。彼氏からよ」
「えっ! か、彼氏っ!?」
「ディスプレイに『空也』って出てる。ほら、早く」
(飛鷹くん!)
慌ててお母さんからスマートフォンを受け取る。
「も、ももももしもしっ!」
『遅いっ!』
電話に出るなり、叱られた。
「ご、ごめんなさい。ちょっと離れた場所にいて……」
『置いて歩いてたら、携帯の意味ないだろっ!』
「ご、ごめんなさい。着物を着つけてもらってたから……」
『……着物? どこで?』
「お母さんのお友だちの家」
『ふうん……どんな着物?』
「どんなって……ピンク色で、椿の絵が描いてあって……」
わたしがたどたどしく着物の柄を説明していると京子ママが叫んだ。
「海音ちゃんの彼氏、イケメン? 見たい、会いたい、紹介して! ねえ、うちに来てもらったら? いいわよね? 咲良。お鍋だし、お肉だし、お正月だしっ!」
「京子ママがそう言うなら……どうかしら? 海音。勉強を教えてくれている、すごく頭のいいお友だちって、彼のことなんでしょう? お母さんも会ってみたいわ」
わたしも、飛鷹くんに会いたいけれど、お母さんと京子ママのダブルで質問攻めに遭うとわかっていて、呼びつけるのは気が引ける。
どうにか断る口実はないかと考えていたら、電話の向こうから思いがけない返事が聞こえた。
『行くよ』
「えっ! む、無理しなくても……」
『全部聞こえてたし。そこの住所送って』
「で、でも、駅から結構遠いよ」
『タクシー乗るし』
「でも……」
『なに? 俺に会いたくないの?』
「え……あ、会いたいけど……」
京子ママが「きゃーっ! リア充よっ!」と叫ぶ。
『早くして。俺、もう家出たから』
「えっ!」
『五秒以内に送れ』
プツッと通話が切れ、わたしはアワアワしながら京子ママを見る。
「あの、来るから住所を送ってほしいって……」
「征二っ! すぐに送って!」
「はいはい……」