溺愛の価値、初恋の値段
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翌日、飛鷹くんは、お昼すぎに京子ママのマンションまで迎えに来てくれた。
昨日から飲みっぱなしで酔っ払いっぱなしのお母さんと京子ママが、一緒に初詣に行くとダダをこねたものの、征二さんが阻止してくれて、なんとか二人で出かけることができた。
神社は、京子ママのマンションから歩いて十分くらいの場所にあり、境内は初詣に訪れた人であふれかえっていた。
「すごい人だね……」
いつもは、お正月をだいぶ過ぎてから、お母さんと一緒に近所の小さな神社で初詣をしていたので、こんなに混雑するものだとは知らなかった。
「お参りするには、並んで待たなきゃならないけど……寒くない?」
「うん。着物って意外とあったかいんだよ。ファーもしてるし、周りに人がいるからぜんぜん寒くない」
飛鷹くんと一緒に、スマートフォンで神社の歴史や御利益、参拝作法なんかを勉強しながら、十五分くらい並び、ようやく順番が回ってきた。
予習したとおりに、拝殿前でまずは一礼。お賽銭を入れて、大きな鈴を鳴らす。二礼。二回手を叩き、目をつぶってお願いごとをする。
(みんなが今年一年健康でありますように。お母さんのお店にたくさんお客さんが来ますように。あ、京子ママのお店にも。わたしの頭がもうちょっと良くなりますように。お料理がもっと上手くなりますように……それから、飛鷹くんとずっと仲良しでいられますように。彼氏じゃないけど、彼氏になってほしいわけじゃないけど、でも、友だちでいいので……)
「海音っ!」
急に呼ばれて目を開けると、顔を赤くした飛鷹くんが睨んでいた。
「願いごと多すぎっ! しかも、声に出てるしっ!」
「え」
横にいた見知らぬおばさんが、くすくす笑っている。
「ふふ、ちゃんと神様に聞こえたと思うわよ?」
「ス、スミマセン……」
恥ずかしくて、顔が熱くなる。
「もう行くよっ!」
ぐいっと飛鷹くんに手を引っ張られ、社務所へ向かう。
こちらも大混雑だったけれど、なんとかおみくじを引けた。
わたしは「凶」。飛鷹くんは「大吉」だ。
「新年早々、ふ、不吉……も、もう一回引かなきゃ……」
できれば小吉くらいまで、がんばりたい。
しかし、再度おみくじを引こうとしたら、飛鷹くんに止められた。
「何度も引き直すのは、よくないって」
スマートフォンでネットの記事を見せられて、しゅんとする。
「でも、不吉……」
「これ以上、悪くなりようがないと思えばいいんだよ。成績と一緒。最下位だったら、その下はもうないんだから」
「そっか……うん、そうだね」
飛鷹くんの励ましに、ちょっと気分が浮上しかけ、ハッとした。
「あ、でも、九十九番になったら、下があるってことになるんじゃ……?」
「そうだよ。怠けたら、あっという間に転落する。だから、勉強し続けなきゃね」
「ええっ!?」
「勉強だけじゃなく、料理だって『これでいい』って思ったら、上達しないでしょ」
「それは、そうだけど……」
「一生懸命頑張っていたら、ごほうびがあるんじゃないの?」
「え、どんな?」
さぞかし、すばらしい「ごほうび」が貰えるのだろうと目を輝かせるわたしに、飛鷹くんは呆れ顔になる。
「ごほうびがなきゃ、頑張らないつもりかよ」
「具体的なごほうびがあれば、もっと頑張れると思う!」
「じゃあ、なにがいいの?」
そう言われても、とっさには思いつかない。
何かいい「ごほうび」はないかと何気なく周囲を見回したわたしの目に、ピンク色のポスターが飛び込んできた。
「桜……そうだ、お花見に行きたい!」
きれいな桜の下で飛鷹くんとお弁当を食べたら、きっとただのおにぎりだって、美味しく感じるはず。
飛鷹くんは「ふうん」と呟き、ちょっと考えたのち、にっこり笑った。
「学年末のテストで五十番以内に入れたら、行ってもいいよ」
「え」
「まさか現状維持でいいなんて思ってないよね? 俺、向上心のない人、キライ」
飛鷹くんの顔は笑っているけれど、目は笑っていない。
(神様……お花見は行きたいけれど、五十番以内は無理ですっ!)
「やる気出たよね? 海音」
「…………」
ぎゅっと手を握られて、わたしは頷くしかなかった。