溺愛の価値、初恋の値段
◆ ◆ ◆
「もうそろそろかな……?」
オムライスの材料を刻み終えたわたしは、壁の時計を見上げた。
午後六時半。そろそろ、いつも飛鷹くんが現れる時間だ。
十二月最後の金曜日。
去年の秋から続いていた「オムライス契約」は、今日で終わる。
年が明けたら受験シーズン本番。県外の学校も受験する飛鷹くんは過密スケジュールで、呑気にわたしと過ごしている時間の余裕はない。
最後のメニューは、飛鷹くんが一番好きなものにした。
つまり……普通のオムライスだ。
もうちょっと凝った料理を作ろうかとも考えたけれど、これまで振る舞ったメニューの反応から、飛鷹くんはオムライスが一番お気に入りだと判明している。
以前、よくお子様ランチに立っているような「旗」をオムライスに刺してあげたら、めちゃくちゃ喜んでいたので、買ってみた。
世界の国旗一覧もネットで復習済みだ。絶対に、国旗当てクイズをするにちがいない。
スープはミネストローネ。デザートはプリン。バニラビーンズを入れ、カラメルソースも苦め。ちょっと大人の味にした。
そろそろ来るはず、と思ったまさにその時、誰かが玄関のチャイムを連打した。
(あ! 来た!)
「いらっしゃ……ひ、飛鷹くん……その頭、どうしたの?」
慌ててドアを開ければ、頭の上に半透明のものを載せた飛鷹くんがいた。
「いきなり降って来て……雪っていうか、みぞれだよ」
飛鷹くんの背後を覗けば、大きな雪片が舞っていた。
「海音、早く中に入れてくれない?」
「あ、ご、ごめんっ!」
慌てて招き入れた飛鷹くんはガタガタ震えていて、唇は紫色だ。
原因は、みぞれのせいだけではない。
十二月の寒空の下、セーターにマフラーだけで出歩くからだ。
「なんでコート着てないの?」
「家を出た時は、そんなに寒くなかったんだよ。歩いているうちに、温まるだろうと思ったし……」
エアコンはつけているけれど、冷え切った身体を温めるには時間がかかる。
大事な受験を前にして、風邪でもひいたら大変だ。
「熱いシャワー浴びるといいよ!」
わたしは、氷みたいに冷たい飛鷹くんの手を引いてお風呂場へ向かった。
「えっ……ちょ、ちょっとまっ……」
「うちのお風呂は狭いけど、ちゃんとお湯でるよ。シャンプーとか石鹸とか使っていいからね?」
「いや、それは……」
「タオルはここにあるのを使ってもらって……あ、そうだ。着替えいるよね? 防犯用に買った男性用のパジャマとかがあるから……」
まずは浴室を温めるためにシャワーを出してから、急いでタンスの奥に押し込んであったワインレッドの男物のパジャマと市松模様のトランクスを取り出す。
どちらもお母さんが「特売で安かったの!」と言って、買って来たものだ。
「これ使って!」
受け取った飛鷹くんは、ぎゅっと眉根を寄せた。
「……すごい色と柄なんだけど」
確かに趣味がいいとは言い難いけれど、我慢してもらうしかない。
「大丈夫! 飛鷹くんなら、なんでも似合うよ! 覗いたりしないから、安心してね!」
「覗いたら、訴えるからな!」
飛鷹くんは顔を真っ赤にして着替え一式をひったくると、私を脱衣所から押し出した。