溺愛の価値、初恋の値段
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突然現れた飛鷹くんのお母さんに言われたことが、ずっと頭を離れなかった。
うしろめたいことは何もしていない。
キス以上のことはしていない。
堂々としていればいいのだと思う一方で、小学校時代のことを思い出さずにはいられなかった。
噂は、怖い。
事実ではなくとも、事実ではないかと思うだけで、人の目は変わる。
飛鷹くんに迷惑は掛けたくないし、病気のお母さんに心配を掛けたくない。
でも、だからと言って、無理やり飛鷹くんとの関係を絶ち切って、三百万円をもらうなんてできない。
飛鷹くんのお母さんのやり方は、飛鷹くんを傷つけるだけだ。
「海音ちゃん、大丈夫? 車に酔った? 休憩しようか?」
ぼんやりしていたわたしは、征二さんの優しい声にはっとした。
「え? あ、いえ、大丈夫です」
「海音ちゃん、今日はF県の山の中にあるすてきな温泉宿を予約しているの。ゆっくり温泉につかって、美味しいお料理を食べて、くつろぎましょ。ね?」
助手席に座る京子ママが、振り返ってにっこり笑う。
「はい。ありがとうございます」
お母さんが入院したのは、F県の中でも二番目に大きい街にある大学病院だった。
わたしが受験する女子校も同じ街にあり、祖父母の住む家もあるらしいけれど、まだ顔を合わせてもいない。
お母さんの口から、どんな人たちなのか聞いたことがないので、会いたいような、会いたくないような、どっちつかずの宙ぶらりんな気持ちだ。
高速道路を下り、十分もしないうちに市街地に入った。
高い建物もお店も少なく、その分空が広く感じられる。
広々とした敷地に建つ大学病院に到着すると京子ママがテキパキと退院の手続きをしてくれた。
入院費用は通帳のお金で払うようにお母さんから言われていたのに、京子ママは「あとでいいから!」と言って、受け取ってくれず、お母さんから渡してもらうしかなさそうだ。