溺愛の価値、初恋の値段
「迎えに来たわよー! 咲良……あら。もう着替えたの? せっかく、おしゃれな服を用意してきたのに」
「このまま家に帰るだけなのに、おしゃれする必要ないもの」
お母さんは、すっかり準備を整えて、四人部屋の窓際のベッドに座って待っていた。
「なに言ってるの。今日は、温泉に一泊するって言ったでしょ!」
「まさか本当に? だって、お店は……」
「わたしだって、たまには骨休めしたいのよ」
「荷物はそれだけ? 俺、持つよ」
ベッドの上に置かれた大きめのバッグを征二さんが持ち上げた時、看護婦さんに呼ばれた。
「湊さん! ご家族がいらっしゃったんですね? 先生が、できれば今日中に検査結果と今後のことについてお話したいそうなんですが……後日、もう一度来院いただくより、そのほうがよろしいのではないかと思うんですけれど。どうなさいますか?」
「京子ママ、時間は大丈夫かしら?」
「もちろんよ」
「それじゃあ……お願いできますか?」
「はい。では、面談室へご案内しますね」
「咲良。わたしたちは、一階で待ってるわ」
征二さんと二人、病室を出て行こうとした京子ママをお母さんが呼び止めた。
「待って! 二人も一緒に来てくれない?」
「でも……」
「あの、看護婦さん。二人は、わたしの家族同然なんです。娘のこともあるので、ぜひ一緒に話を聞きたいのですが、かまいませんか?」
「ええ。そのほうが、娘さんも心強いでしょう」
にっこり笑って快諾してくれた看護婦さんと共に、わたしたちは四人そろって面談用の部屋に向かった。
「少しお待ちくださいね。いま、先生を呼んできますから」
通されたのは、テーブルと椅子があるだけのシンプルな部屋。大きな窓から眩い日差しが降り注ぎ、とても明るい雰囲気だった。
「お待たせしてすみません!」
軽いノックの音と共に、白衣を纏った背の高い男性が颯爽と現れた。
髪の毛にはところどころ白いものが混じっているけれど、きびきびした動作のせいか若々しく見える。
「湊さんの担当医の羽柴です。あ、どうぞかけたままで!」
羽柴と名乗った先生は、立ち上がろうとしたわたしたちを制して、窓を背にした椅子に座った。
手にしていた書類をぱらぱらとめくり、私を見て優しげな笑みを浮かべる。
「君が、海音ちゃんかな?」
「はい、そうです」
「かわいいね。お母さんにそっくりだ」
「……ありがとう、ございます」
面と向かって言われると恥ずかしい。
小さな声でお礼を言うと羽柴先生は「しまった」と額を押さえた。
「こんなこと言ったら、セクハラだって言われちゃうか。ごめんね? 娘と同じ年頃なものだから、つい……。それで、そちらの方たちは……?」
「こちらの二人は、わたしが家族同然にお付き合いしている風見 京子さんと征二さんです。海音の面倒もみてもらっているので、一緒に話を聞いてほしくて……」
「そうですね。ええ、そのほうがいいでしょう」
お母さんが京子ママたちを紹介すると、羽柴先生は軽く頷いて、手にしていた書類をテーブルの上に置いた。
「検査結果については、湊さんの希望により、先にご本人へお伝えしてあります。今後のことについても、湊さんご本人の意向はすでに伺いました。ただ、ご家族の気持ちをまったく無視して、今後のことを決めてしまうわけにはいきません。湊さんとみなさんで話し合った結果をお聞きした上で、アドバイスなり必要な処置なり、わたしにできることをしていきたい。そのためにも、今日は現在の湊さんの病状と治療の選択肢について、あらゆる可能性を含めてお話ししたいと思います。現在の湊さんの病状ですが……」
一呼吸おいて、羽柴先生が再び口を開く。
京子ママが、わたしの手を強く握りしめた。