溺愛の価値、初恋の値段
大学病院をあとにしたわたしたちは、その足でお母さんの実家へ向かった。

祖父母は、立派な門構えの大きな家に住んでいた。

あらかじめお母さんが連絡していたからか、門前払いはされなかったものの、出迎えた祖父母の態度は、とても素っ気ないものだった。

お母さんは、身勝手な娘だったと二人に頭を下げ、自分の病気のことをかいつまんで説明し、わたしの後見人になってほしいと頼んだ。

でも、祖父母は、お母さんをいまさら「家」に迎える気はない、わたしの法的な後見人になってもいいが、具体的な支援は期待しないでほしいと言った。


自分たちの反対を押し切ってわたしを産んだのは、お母さんの勝手だから。


車で待っていてくれた京子ママは、お母さんからその話を聞くと「咲良はわたしたちと住めばいいし、海音ちゃんの実際の後見人役は、わたしと征二が引き受ける。気にしないの!」と力強く言ってくれた。




 
京子ママが予約してくれた温泉宿は、県境の山あいにある美肌になれると有名なところだった。

広々とした部屋で、大きなお膳いっぱいに用意された美味しい料理を食べ、大浴場の大きな湯舟につかり、すっかりふやけてふかふかの布団に潜り込んだのは、いつもならとっくに眠っている時間。

でも、目をつぶってみてもぜんぜん眠くならなくて、布団の中でスマートフォンの画面に映し出される情報を追いかけた。

天気予報、ゴシップ、競馬の予想、皆既月食、UFOの目撃情報、人気のコスメ、おしゃれなコーディネート。インターネット上には、いろんな情報があふれている。

いろんな病気の治療方法、闘病記録も読める。

羽柴先生は、お母さんに残された時間は長くとも一年だろうと言っていた。

治療をすれば、もう少し延ばせる可能性があるらしいけれど、お母さんはベッドの上に縛り付けられるのは、いやだと言った。


『いままで、海音にはたくさん我慢させてしまったでしょう? 残された時間は、できるだけ海音と一緒に楽しいことをしたいの』


わたしのために無理をしなければ、お母さんは病気にならなかったかもしれない。

お母さんが病院に行くのを先延ばしにしていたのも、自分のための医療保険には入らずに、学資保険に入っていたのも、みんなわたしのためだった。

一年なんて、あっという間だ。

お母さんがわたしにしてくれたことへのお返しをするには、ぜんぜん足りない。

中学生のわたしには、お母さんが行ってみたいと言っていた南の島へ旅行するお金を稼ぐこともできない。

思わずぎゅっと握りしめたスマートフォンが、振動した。

ディスプレイには『空也』の文字。

寝ているお母さんたちを起こしたくなかったので、慌てて布団を出た。

二間続きの部屋だけれど、いくら声を押さえても襖ごしに漏れてしまう。
カードキーを手に部屋を出た。
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