溺愛の価値、初恋の値段
「もしもし……」

『海音? 寝てた?』

「ううん。起きてたよ。試験はどうだった?」

『フツー。たぶん受かる。海音は、なにしてたの?』

「よかったね! わたしはお母さんと京子ママたちと一緒に温泉に来てるの」

『ふうん? 公立の入試、これからなのに余裕だね?』

ギクリとしたわたしは、動揺しているのがバレないように殊更明るい声で自慢した。

「うん、余裕。ぜったい受かるもん」

『なにその自信。油断してると落ちるよ。それで、どんな温泉なの?』

「XXの宿」

『そうじゃなくって、泉質!』

「せんしつって……なに?」


初耳の言葉に、首を傾げる。


『硫黄泉とか、含鉄泉とか、アルカリ性の単純温泉とか。含まれる成分によって、効能がちがうでしょ』

「ええっと……お肌がすべすべになって、身体があったまる系だったよ?」

『は? どんな温泉でもふつう、身体温まるよね? 水じゃない限りは』

「……ソウデスネ」

『料理は? 美味しかった?』


温泉の成分のことはさっぱりわからないけれど、お料理のことならちゃんと説明できそうだ。わたしは、俯きかけた顔を勢いよく上げた。


「うん! カニが出たんだよっ!」

『へえ、豪勢だね。で、どんなカニ? タラバ? ズワイ? 花咲? 毛ガニ? それともワタリガニ?』

「えっ……と……」


本物のカニを食べるのは人生で三回目だったので、わたしにとって「カニ」は「カニ」だった。


「足? 手かな? とにかく身がぎっしり入ってた!」

『海音。それ、本当にカニだった?』

「た、たぶん……あ! お料理の写真撮ったから送るね」

『いいよ。お腹空くから』

「でも、すごく美味しそうに撮れたんだよ?」

『イヤガラセなの?』

「ち、ちがうよ!」

『じゃあ、今度同じ料理作って。カニはいいから』

「わたし、こんなお料理作れないよ……」

『じゃあ、作れるようになれば? 高校卒業したら、専門学校へ行くとかできるでしょ。調理師免許取れば?』

「う、うん。でも、難しくないのかな?」

『わからないことがあれば、教えるよ。好きなことなら、勉強頑張れるんじゃない? 海音、料理好きでしょ。向いてると思うけど。イライラしてたり、疲れてたりしてても、海音の料理食べると元気になれるし』


 飛鷹くんの励ましを嬉しいと思うと同時に、自分のことが情けなくなった。
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