溺愛の価値、初恋の値段
わたしはぜんぜん飛鷹くんにお返しができていない。
 
飛鷹くんが勉強を教えてくれたおかげで、進学することができたし、将来の夢を思い描くこともできるのに。

お母さんに対しても、何かしてあげたいと思っているだけで、実際に何ができるか考えたことがなかった。

こんなふうに、時間切れになってしまうまで。


「……あのさ、飛鷹くんは何になりたいの?」

『え? なに、急に?』

「結局、飛鷹くんの夢とか、なりたいものとか、訊いたことがなかったな、と思って」

『まだ、はっきりこれっていうのはないんだけど……』


いつもハキハキしゃべる飛鷹くんが、珍しく言いよどむ。


『できないことが、できるようになるのを見たいっていうか……誰かの役に立つようなことができれば、と思う。今日受けた学校は、ちょっとカリキュラムが変わっていて、好きな教科を重点的に学べるんだ。交換留学制度もあるし、海外の大学へ進学する準備もできる。まあ、校則が厳しいのが面倒なんだけど』


数ある不思議な校則について文句を言いながらも、飛鷹くんの声は生き生きしていて、楽しそうだった。未だにS高も受けると言っていたけれど、その必要がないことはあきらかだった。


「飛鷹くん。S高、受ける必要ないよね? 本当に行きたい学校が別にあるんだもん」


ほんの少しの沈黙の後、飛鷹くんは「ふっ」と笑った。


『うん。S高は、受けない。俺のせいで、海音が落ちたら困るしね』

「そうだよ! ね、飛鷹くん」

『なに?』

「ごほうび、何が欲しいか決まった?」

『海音』

「え?」

『ごほうびに、海音が欲しい』

「…………」


顔から広がった熱が、全身に回った。

いくら頭の悪いわたしでも、さすがにどんな意味で言われているのか、わかる。この機会を逃したら、飛鷹くんとそういう関係になることは一生ないかもしれない。

でも、飛鷹くんを応援するどころか、飛鷹くんの将来をめちゃめちゃにしてしまうかもしれないと思うと「うん」と言えない。

いますぐ、大人になれればいのに。

そうしたら、お金を稼いで、お母さんにいろんな治療を受けてもらって、長生きしてもらえるかもしれないのに。

飛鷹くんと結婚して、二人で子どもを育てて、オムライスを食べて、楽しく幸せに過ごせるかもしれないのに。


わたしは、どうして子どもなんだろう。


次々と涙があふれてきて、嗚咽がもれないように唇を噛んだ。


『冗談だよ。海音』


沈黙を破ったのは、飛鷹くんの優しい笑い声だった。


『ごほうびは、オムライスがいい。海音のオムライスが食べたい』

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