溺愛の価値、初恋の値段
バーテンダーが示したのは、先ほどからカウンターにいた男性客だ。

癖のある黒髪のラテン系外国人と、夜の店内でサングラスをかけている日本人らしき人物。あきらかに、うさんくさい。

二人とも、シンプルなシャツと長い足を覆う古着と思われるジーンズ姿。でも、腕時計やスニーカーは高級ブランド品のようだ。

自分が好きで、自分に似合うものを着て、それが様になるのは、余裕があるから。

精神的にも、懐的にも。

でも、たとえ彼らが億万長者であろうとも、見ず知らずの人間に奢ってもらうつもりはなかった。


「あの、おいくらでしたか?」

「三千円ですが……あ、お客様っ!?」


戸惑うバーテンダーをよそに、立ち上がったわたしは二人組へ歩み寄った。


「コンバンハ! ナカナカ、タイヘンデシタネ?」

「こんばんは。申し訳ありません。騒がしくして……」


きれいな灰色の瞳に同情のまなざしを向けられて、引きつった笑みを返す。
狭い店内、会話は筒抜けだっただろう。


「イエイエ! コンナウツクシイヒトとアエテ、コンヤはトクベツなヨルです」


日本人が言ったら歯の浮きそうなセリフも、映画俳優のようなイケメンの外国人がたどたどしい日本語で口にすると少しも違和感がない。

とは言え、そんなあからさまな社交辞令を真に受けるような年齢でもない。


「お上手ですね? でも、見ず知らずのかたに奢ってもらうわけにはいきませんので、ご厚意だけ受け取らせていただきます」


わたしは、仕事用の控えめな笑みを顔に貼り付け、財布から取り出した三千円をカウンターへ置いた。


「え! ソンナコト、キニシナイデッ! じゃあ、イッショにノミマショウ! ソレナラ、イイデショ? ネ?」

「そういうわけにはいきません。一緒に飲む理由もありませんし……」

「アルヨ! これからナカヨクなればいいんだよ!」


外人さんは立ち上がって、自分の席をわたしに譲ろうとした。


「いえ、でも……」

「ここで、君に会えたのは運命だから」


片目をつぶり、現実世界で口にするには難易度高すぎのセリフも、さらりとにこやかに言ってのける。

運命の出会いや情熱的な恋を夢見る人なら、魅了されるかもしれない。

けれど、わたしにそんな願望はまったくなかった。
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