溺愛の価値、初恋の値段
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わたしは、温泉から帰って来た翌日、アパートに戻った。
お母さんは、京子ママのところに置いてきた。
四人で話し合った結果、わたしとお母さんは、わたしが高校に入学するまで、京子ママの家で暮らすことになった。
アパートを実際に引き払うのは三月末だけれど、少しずつ片付けなければ、引っ越し前日に徹夜することになるのは、ここへ越してくる時に経験済みだ。
とは言え……アパートへ戻りたかった一番の理由は、飛鷹くんにごほうびのオムライスを作るためだ。
片づけに手間取っているうちに、気づけば日が傾いていて、慌ててスーパーへ行き、オムライスの材料を買いそろえてアパートに戻った時には、五時半を回っていた。
さっき届いたメッセージには『いつもの時間に行く』と書かれていたから、猶予は一時間もない。
「ごほうびなのに、待たせるなって言われそう……」
急ぐあまり「旗」を買い忘れてしまったけれど、買いに戻っている余裕はない。
次々と材料を切り刻み、ス―プやサラダを同時進行で作り上げ、なんとか間に合いそうだとほっとしたとき、玄関のチャイムが鳴った。
「はーい……」
勢いよく開けた扉の向こうには、飛鷹くんのお母さんがいた。
「空也は……来ていないようね。約束しているんでしょう? 無事、志望校にも受かったことだし、今日で終わりにしてね」
飛鷹くんのお母さんは、手にしていた鞄から分厚い封筒を取り出し、わたしに押し付けた。
「あ、あのっ……待ってくださいっ! こんなことをしたら、飛鷹くんが傷つく……」
「自分で言えないのなら、わたしから空也に伝えるわよ」
「や、やめてくださいっ!」
「物分かりの悪い子ね? 何が起きてもいまの気持ちを貫けるなんて、あなたも思っていないでしょう? あなたたちの年頃の恋愛は、ちょっとしたことですぐに冷めてしまう脆いものなの。空也は、高校であの子にふさわしい相手と出会うでしょうし、あなたのことなんかすぐに忘れるわ。あなただって、新しい相手ができれば、同じ。そんな儚いもののために、一生を棒に振るのは馬鹿げているでしょう?」
「わたし、は……」
F県の女子校に通うわたしは、飛鷹くんとは頻繁に会えなくなり、いままでのようにオムライスを作ってあげることもできない。
わたしたちの繋がりは、自然に薄れ、いずれ消えてしまう。
何もしなくとも。
何をしたとしても――。
「明日以降、空也と接触したら、あなたとあなたの母親の未来は辛く苦しいものになると覚えておくのね。三百万もあれば、ちょっとした豪遊ができるわよ。親孝行でもしたら?」