溺愛の価値、初恋の値段
土曜日の再会
失業手当を受給するための手続きをし、求人を検索。新しい派遣会社に登録する。良さそうな案件があれば取り敢えず電話を架け、提示された案件を検討し、エントリーする。

「ほかの人で進んでいる」「不採用になった」など、次々押し寄せるそっけない返事は、脳内を含めたあらゆる記憶媒体からデリートし、また次の案件へ。

転職を重ねるたびに延々と繰り返されるルーティーンワークには、いつまで経っても慣れることができずにいる。

仕事を探し始めて、二週間。

眼鏡をかけない毎日に慣れていくのに比例して、焦りが募る。
家賃に光熱水費、通信費と何もせずとも減って行く預金残高に、焦燥感を覚えずにはいられない。

断りの返事に落ち込まずにはいられないし、急募の文字に罠とわかっていても飛び込みたくなる。

派遣会社での登録手続き、面接、ハローワーク。
 
歩き疲れて公園のベンチに座り、コンビニで買ったコーヒーを飲みながらスマートフォンでニュースを読むのが、ここ最近の日課だ。

検索ワードの中に、つい先日テレビで見かけた名前があった。

タップして開いた記事には、『イケメンIT実業家、急な帰国は結婚のためだった!?』という見出しが。

いかにも清楚なお嬢様風の女性をエスコートし、タクシーへ乗り込む男性の姿を写した画像が付いていた。

女性は、某大手不動産会社の社長令嬢。高校の元同級生で、付き合っていたという噂もあった。周囲公認の仲。結婚は秒読み段階。家柄、学力、容姿。すべてが彼と釣り合う相手。


(お似合い、だね)


進むべき道を着々と歩み、幸せになろうとしている彼を妬ましいとは思わなかった。
絵に描いたような幸せが、彼と彼の大事な人たちに訪れてほしい。


「応援してるよ……飛鷹くん」


汗ばんでいた身体が冷え、咳が出たのを合図に立ち上がる。

空になったコーヒーのカップをゴミ箱へ捨て歩き出し、再び咳に襲われた。


(やっぱり、風邪かな……)


ここ数日、咳が続いているし、身体がだるくて熱っぽい。

明日は土曜日で、派遣会社から連絡が来る望みは薄い。家で、大人しくWebの求人情報でも検索しようと足を一歩踏み出した途端、地面が大きく揺れた。


(やば……貧血……)


歩道から車道へ向かって身体が傾ぎ、視界に車のバンパーが見えた。


あっと思ったときには、わたしはアスファルトに叩きつけられていた。

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