溺愛の価値、初恋の値段
「肺炎寸前になるまで放っておいて、車の前に倒れ込むなんて……救急であんたが運ばれて来たと聞いた時は、心臓が止まるかと思ったわ。また、痩せたでしょ。ゼリーばっかり食べているんでしょ。冷蔵庫にそれ以外のものは何もなかった」
雅は、アパートから一泊の入院生活に必要なものを持ってきてくれたらしく、ここ最近のわたしの暮らしぶりも知られてしまったようだ。
「……ゴメンナサイ」
「何かあったら、必ず連絡するように言ったわよね? 仕事辞めたなんて聞いてないんだけど? どういうこと?」
「……ゴメンナサイ」
心配してくれるのはとってもありがたいし、親友冥利に尽きる。けれど……わたしとちがって見かけ倒しではなく、本物のクールビューティ―の雅は、怒るととても怖い。
「謝るくらいなら、連絡しなさいよっ! ほんと、海音は遠慮しすぎっ! あんたに何かあったら、わたしがお父さんに問い詰められるんだからね? 顔を合わせるたびに『海音ちゃんはどうしてる? どうして一緒に連れて来ないんだ? まさか、悪い男に引っ掛かってるんじゃないだろうな? 海音ちゃんはおまえと違って、言い寄られてもはっきり断れないだろうから心配だ』って、いちいちうるさいんだから!」
「モウシワケナイデス……」
「まあ、年度末であんたも忙しいだろうと思って、連絡しなかったわたしが迂闊だったことは認めるわ。これからは、毎日電話するからねっ! ところで……最近話題のイケメンIT実業家って、初恋の『飛鷹くん』でしょう?」
「え」
なぜ知っている、と目で問うわたしに雅は「ふん」と鼻を鳴らした。
「海音って呼んでたし、俺様だし、顔もいいし、すぐにピンときたわ」
まるで飛鷹くんに会ったことがあるかのような口ぶりだ。
「外面は海音が言っていたとおりだったけれど、男としては……」
男性を見る目が厳しい雅の口から、どんな酷評が飛び出すのか。
ごくりと唾を飲みこんだ時、聞き覚えのある声がした。
「海音ちゃんっ! 大丈夫なのっ!?」
ぜえぜえと荒い息をしながら駆けこんで来たのは、着物姿の京子ママだった。
「一応、風見さんに連絡したほうがいいと思って」
雅の横をすり抜けて、京子ママはベッドに横たわるわたしの手を握りしめた。
「もう……もうっ! 心配したんだからーっ!」
おいおいと泣きだした京子ママは、「大げさだよ」と言おうとしたわたしをキッとにらんだ。
「海音ちゃんに何かあったら、咲良に顔向けできないわっ! ね、やっぱり一緒に住みましょ。ねっ? ねっ?」
お母さんが亡くなって以来、母親代わりどころか父親代わりまで務める勢いで、京子ママはわたしの面倒を見てくれている。
とても感謝しているし、本当のお母さんのように思っている。
でも、京子ママのところに住むわけにはいかない。なぜなら……。