溺愛の価値、初恋の値段
「京子のそういう大げさなところが、海音ちゃんが遠慮する原因なんだって、いい加減気づけよ」
そう言って溜息を吐いたのは、大きな魚の形をしたぬいぐるみを抱えて現れた征二さんだ。
ぬいぐるみは、京子ママの趣味で買ったものだろう。
「しかもコレ、絶対迷惑だし」
「診察や処置の際には、椅子に置いてもらえれば、大丈夫ですよ」
くすくす笑う雅に、「いっそダメって言ってくれない?」と征二さんが助けを求める。
「具合はどう? 海音ちゃん。おでこ、痛そうだね?」
「風邪をこじらせただけで……おでこは、大したことないです」
「でも、女の子だからさ。傷痕が残らなければいいけれど……」
心配そうに眉根を寄せる征二さんに、京子ママが言い返す。
「海音ちゃんなら、傷があっても引く手数多よっ! すてきなお相手をわたしが見つけてあげるわっ!」
「はいはい。京子、うるさい。ここ病院なんだから、落ち着いて。化粧落ちてるし」
京子ママを見下ろす征二さんのまなざしは優しく、見ているこっちが恥ずかしくなるほど甘い。
「落ち着けるわけないでしょっ!」
征二さんが差し出したハンカチで目元を拭う京子ママの左手には、真新しい結婚指輪が光っていた。京子ママのことは大好きだけれど、やっぱり新婚さんの邪魔はしたくない。
「とにかく、退院したらうちに……」
「その必要はありません。こちらで面倒を見ますので」
きっぱり言い切った声は、この場にいる誰のものでもなかった。
「あなた……」
振り返った京子ママが驚くのも無理はない。
病室の入り口にいたのは、テレビで見たまま――大人になった飛鷹くんだった。
紺のジャケットに生成りのTシャツ、色の褪せたジーンズというラフな恰好でも、端正な顔立ちのせいかきちんとして見える。
引き締まった頬や百八十センチ以上は確実にありそうな背の高さ。
長い手足に無造作に整えられた短い黒髪。
中学生だった頃にはなかったものがいまの飛鷹くんには備わっているけれど、長いまつげに覆われた黒い瞳や口角の上がった柔らかそうな唇の形はそのままだった。
「ご無沙汰しています。風見さん」
落ち着いた声で挨拶した飛鷹くんは、深々と頭を下げた。