溺愛の価値、初恋の値段
「あらまあ……飛鷹くんじゃないのっ!? ますますイケメンになったわねぇ。テレビで見たわよ。すっかり有名人ね! でも、どうしてここに?」
わたしと飛鷹くんが、中学卒業を境にしてまったく会わなくなったことは、京子ママも知っている。
でも、二人の関係がどうなったのか、京子ママはこれまで一度も訊いたことがないし、わたしも説明していない。
「実は、湊さんと接触した車はうちの社のものだったんです。俺も乗っていました」
「え……」
わたしは意外な事実に、目を見開いた。
京子ママも目を丸くしている。
この場で、わたしが倒れた時の状況を一番よく知っているはずの雅を見上げれば、眉根を寄せて飛鷹くんを睨んでいる。
「わが社の顧問弁護士を交えて、今回の件についてお話させていただきたいのですが……少し、お時間をいただけませんか? 風見さん」
飛鷹くんはこの場に漂う微妙な空気を無視し、彼の背後にいたスーツ姿の中年男性を示した。
「それはかまわないけれど、海音ちゃんも一緒に聞いたほうがいいんじゃないかしら?」
中学生の頃の面影を残していても、その中身は同じではない。すっかり大人になった飛鷹くんは、京子ママの言葉に首を振り、はっきりと、しかし丁寧に要求を口にする。
「怪我をしていて、体調もすぐれない状態で込み入った話を聞くのは、精神的にも体力的にも消耗するでしょう。まずは風見さんとお話しし、ある程度詳しいことを詰めた上で、湊さんと話したいと思うのですが」
「そう言われると……でも……」
「飛鷹さんのおっしゃるとおり、いまの海音に複雑な話は荷が重いと思います。他人に聞かれたくない内容でしょうし、面談室をお貸ししましょう」
雅の提案に、征二さんが同意した。
「話を伺いましょう」
「でも、征二……」
「いいから、黙って。京子」
「でもね……」
「海音ちゃん。またあとでね」
「あんたは、ゆっくり休んでなさい! いいわね? 海音」
雅の先導で、みんな部屋を出て行ってしまった。
あとに残されたのは、茫然とするわたしと魚の形のぬいぐるみだけ。
なんとなくぎゅっと抱きしめてみれば……なかなかの抱き心地だ。
抱き枕にするのに、ちょうどいい。
「……飛鷹くん、かっこよかったな」
本音が、つい口からこぼれる。
きっと、彼はわたしになんか会いたくもなかっただろう。
(でも……会えて、よかった)
元気にしている飛鷹くんを生で見られて、嬉しかった。
もう、一生会うことなどないと思っていたから。
『男の子は、急に変わるのよねぇ。お母さんが好きだった男の子、昔は女の子みたいにかわいかったのに、大人になって再会したらクマみたいになっちゃってて。飛鷹くんもそうなるかもよ? イケメンじゃなくなったらどうする? 海音』
わたしは目をつぶり、ベッドの上で笑っていたお母さんに報告した。
「お母さん……飛鷹くんは、大人になってもイケメンだよ」