溺愛の価値、初恋の値段
◆ ◆ ◆
足音や人の声で目が覚めた。
薄いカーテンからは、街灯の明かりではなく、眩しい日差しが差し込んでいる。
「え……朝?」
飛鷹くんと京子ママたちが戻って来るのを待っている間に、眠ってしまったらしい。
あのあと、どんな話し合いがなされたのか、ものすごく気になる。
京子ママからメールが来ていないかとスマートフォンを確認してみても、それらしき着信はない。
こちらから連絡してみようかと思ったところへ、タイミングよく雅が現れた。
「おはよう、海音。気分はどう?」
「あ! 雅! 昨日は……」
「あんた、ぐっすり寝てたわね」
「……うん」
「簡単に説明すると、あんたは退院の準備をして、お迎えの車に乗ればいいだけ」
「えっ! でも、あの、弁護士……」
「心配いらないわ。詳しい話は、車の中ですることになると思うけれど、一応、書類にはわたしも風見さんも目を通して、問題ないと思ったし。限りなくグレーに近いけれど、現状ではベストの解決策だと思う」
「雅が何を言ってるのか、さっぱりわからないんだけど……?」
実際の話の内容も、書類の中身も知らないわたしには、そもそも何が問題なのかもわからない。
「いまのあんたに必要なのは休息よ、海音。よく寝て、よく食べて、ゆっくりすること。いいわね?」
「いいわねと言われても……」
雅は、戸惑うわたしの額を、次に胸を指さした。
「海音。そっちじゃなくこっちで考えて。今週末、部屋に遊びに行くわ。その時、じっくり話を聞かせてもらうから」
「話って……?」
警戒するわたしに、にんまり笑ってみせた雅は「あ! 時間だ! 下っ端は忙しいのよ。じゃあ、またね」と言い、ひらひら手を振って行ってしまった。
疑問は尽きなかったけれど、とりあえず雅が持ってきてくれた新しい服に着替える。
カットソーにジーンズという普段着だ。
病室内の温度に慣れた身体は、外気を寒く感じるかもしれないと思い、こちらも雅が用意してくれていたグレーのパーカーを着る。
紙袋と貴重品が入ったバッグで、荷物はすべて。一番の大物である魚の抱き枕は……このまま持ち歩くしかない。
ロビーで、迎えに来てくれるはずの征二さんを待っていようと魚を小脇に抱えて病室を出たところで、誰かにぶつかった。
「あっ……ご、ごめんなさい。大丈夫で……」
枕なので痛くはなかったはずだが、思い切り魚で相手の腹部を突いてしまった。
「いきなり魚で殴られるとは思ってもみなかったよ」
頭上から降って来た低い声に顔を上げれば、昨日「ナマ」で拝んだばかりの飛鷹くんの顔がある。
「荷物はそれで全部?」
「う、うん」
なぜ飛鷹くんがいるのだろうか。
しかも、どうして手を差し出しているのだろうか。
「貸して」
言われるままに魚を渡すと「そっちも」と荷物も要求される。
魚を抱え、紙袋とあきらかに女物のバッグを手にした飛鷹くんの姿は、なかなかシュールだった。