溺愛の価値、初恋の値段
「仲が良かろうが悪かろうが、もらういわれのないものは受け取らない主義なんです」


はっきり、きっぱり断った瞬間、それまで黙っていたサングラスの男性に、冷ややかな声で問いかけられた。


「へぇ? それが大金でも?」

「金額の大小は、関係ありません」

「お高くとまっていても、たいていの人間は金に目が眩む。いまここで、札束を積んで見せたら、どうせ受け取るんじゃないの? 社内不倫して、平然としていられるサイテーな人間に、倫理観なんかないでしょ?」


サングラスの奥にある瞳の表情は読めないが、嘲るような声音と挑発するような物言いは、湯川さんとのやり取りでわたしがどんな人間か判断したことを示している。

見ず知らずの人に、勝手に決めつけられたくなかった。

二十六歳になるわたしは、不倫するどころか、これまで一度も男性と付き合ったことがない、処女だ。

でも、ここで押し問答を繰り広げたくはない。濡れたシャツが気持ち悪いし、疲れている。


それに……わたしが『サイテー』な人間であることは事実だった。


「そのとおりですね。ご不快な思いをさせてしまったようですので、余計に奢っていただくわけにはいきません。申し訳ありませんでした」


頭を下げ、踵を返して歩き出そうとしたわたしの腕を誰かが掴んだ。


「待ってっ! レンラクサキ、オシエテ!」

「は……?」


引き止めたのは外人さんだ。
この状況でそんなことを言えるなんて、根っからの女好きなのだろうか。


「ビジンには、レンラクサキを訊く! コレ、オトコのホンノウね!」


(そんな本能聞いたことがない……)


「わたしは、美人ではありませんので……」


あっけに取られつつ、断ろうとしたわたしに、外人さんはぶんぶんと首を振った。


「ノーンッ! ビジンかどうかを決めるのは、キミじゃなくボク! 教えてくれなければ、家までついていくよ!」


それは犯罪だと言いたくなったけれど、警察だなんだと事を大きくすれば面倒が増えるだけだ。
早くこの場を切り上げるには、素直に連絡先を教えることが一番だと判断した。


「わかりました」


わたしは鞄の中を探り、申し訳ない気持ちでいっぱい、という顔で詫びた。

「あの、ごめんなさい……わたし、スマートフォンをどこかに忘れてきたみたいで……」
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