溺愛の価値、初恋の値段
「行くよ」
「え、どこへ?」
「車」
詳しい説明など一切ないまま、スタスタと歩き出す飛鷹くんを追いかける。
「なんで抱き枕が魚なの。恥ずかしすぎるんだけど」
廊下を行き交う人がいちいち振り返るせいで、飛鷹くんはどんどん不機嫌になっていく。
みんなが彼を見てしまうのは、魚の抱き枕のせいではなくて、際立つイケメンぶりのせいだと思うのだけれど……。
「あの、入院費……」
注目を浴びながらロビーへ下り、会計へ向かおうとしたら、「もう払った」と言われて驚く。
「でも、あの……」
「話は車の中で」
病院の正面玄関を出ると、そこには黒塗りの高級車が待っていた。
「乗って」
飛鷹くんが開けてくれたドアから後部座席に乗り込む。
「地岡さん、マンションまでお願い」
「はい、かしこまりました」
運転手は、温厚そうな顔の男性。ピシッとしたスーツ姿で、白い手袋をしている。ドラマに出てきそうな運転手だ。
「これに目を通して、納得したらサインして」
車が走り出すなり、飛鷹くんに手渡されたのは分厚い書類だった。
字が恐ろしく小さくて、とても読む気になれない。
仕事は別として、わたしは相変わらず活字を読むのが苦手だ。
「マスコミには、今回の件についてひと言も漏らさないでほしい。初動のイメージ戦略で失敗するのは、致命的だから」
これから日本でビジネスの基盤を築く大事な時に、マイナスになるイメージは極力作りたくないという飛鷹くんの事情は理解できた。
婚約や結婚というおめでたい話題ならともかく、事故や事件といったものは、理不尽なことに被害者であってもプラスのイメージにはなりにくい。
とにかく、飛鷹くんのためにできることがあるなら、なんでもするつもりだったので、書類に素早くサインし、手渡した。
「はい、サインしたよ。あの、今回の事故は、わたしが車の前に倒れたのが原因だから、治療費は……」
「全部読んだの?」
飛鷹くんの口調は、テレビに出ていた「イケメンIT実業家」のものとは大違いだ。素っ気なくて、やや乱暴で……懐かしい。
「あの、飛鷹くんが変なこと書くわけないし、怪我も……おでこだけだし。病院に通う必要は、ないんじゃないか、と……」
もっと冷静に、大人の対応をしたいのに、飛鷹くんと話していると中学生に戻ったみたいに、しどろもどろになってしまう。
「傷痕が残るかもしれないのに?」
「前髪を下ろせば、見えないよ。それに、傷があってもなくても、誰もわたしの顔なんか気にしない……雅みたいな美人でもないんだし」
「わかってないのは、相変わらずかよ。とにかく、治療費はいらないから」
ぼそっと呟いた飛鷹くんは、受け取った書類を運転手の地岡さんへ渡す。
「これ、弁護士に届けておいて」
「かしこまりました」
黙っていると飛鷹くんがすぐ横にいるのを余計に意識してしまいそうで、わたしは無理やり口を開いた。
「え、どこへ?」
「車」
詳しい説明など一切ないまま、スタスタと歩き出す飛鷹くんを追いかける。
「なんで抱き枕が魚なの。恥ずかしすぎるんだけど」
廊下を行き交う人がいちいち振り返るせいで、飛鷹くんはどんどん不機嫌になっていく。
みんなが彼を見てしまうのは、魚の抱き枕のせいではなくて、際立つイケメンぶりのせいだと思うのだけれど……。
「あの、入院費……」
注目を浴びながらロビーへ下り、会計へ向かおうとしたら、「もう払った」と言われて驚く。
「でも、あの……」
「話は車の中で」
病院の正面玄関を出ると、そこには黒塗りの高級車が待っていた。
「乗って」
飛鷹くんが開けてくれたドアから後部座席に乗り込む。
「地岡さん、マンションまでお願い」
「はい、かしこまりました」
運転手は、温厚そうな顔の男性。ピシッとしたスーツ姿で、白い手袋をしている。ドラマに出てきそうな運転手だ。
「これに目を通して、納得したらサインして」
車が走り出すなり、飛鷹くんに手渡されたのは分厚い書類だった。
字が恐ろしく小さくて、とても読む気になれない。
仕事は別として、わたしは相変わらず活字を読むのが苦手だ。
「マスコミには、今回の件についてひと言も漏らさないでほしい。初動のイメージ戦略で失敗するのは、致命的だから」
これから日本でビジネスの基盤を築く大事な時に、マイナスになるイメージは極力作りたくないという飛鷹くんの事情は理解できた。
婚約や結婚というおめでたい話題ならともかく、事故や事件といったものは、理不尽なことに被害者であってもプラスのイメージにはなりにくい。
とにかく、飛鷹くんのためにできることがあるなら、なんでもするつもりだったので、書類に素早くサインし、手渡した。
「はい、サインしたよ。あの、今回の事故は、わたしが車の前に倒れたのが原因だから、治療費は……」
「全部読んだの?」
飛鷹くんの口調は、テレビに出ていた「イケメンIT実業家」のものとは大違いだ。素っ気なくて、やや乱暴で……懐かしい。
「あの、飛鷹くんが変なこと書くわけないし、怪我も……おでこだけだし。病院に通う必要は、ないんじゃないか、と……」
もっと冷静に、大人の対応をしたいのに、飛鷹くんと話していると中学生に戻ったみたいに、しどろもどろになってしまう。
「傷痕が残るかもしれないのに?」
「前髪を下ろせば、見えないよ。それに、傷があってもなくても、誰もわたしの顔なんか気にしない……雅みたいな美人でもないんだし」
「わかってないのは、相変わらずかよ。とにかく、治療費はいらないから」
ぼそっと呟いた飛鷹くんは、受け取った書類を運転手の地岡さんへ渡す。
「これ、弁護士に届けておいて」
「かしこまりました」
黙っていると飛鷹くんがすぐ横にいるのを余計に意識してしまいそうで、わたしは無理やり口を開いた。