溺愛の価値、初恋の値段
「ん……?」
見上げた先には不機嫌そうな飛鷹くんの顔。距離と角度からして、わたしは飛鷹くんの膝枕で熟睡していたらしい。
「ご、ごめんなさいっ!」
慌てて起き上がり、意味もなく髪を撫でつけたり、服を引っ張ったりして車から転がるようにして降りた。
「あ、あの、どうもありがとうっ! じゃあ……」
深々と頭を下げて京子ママのマンションの入り口へ突進しようとして、ハタと気づく。
「ど、ドコデスカ、ココ……」
高級感漂うエントランスには、コンシェルジュと思われる男の人がいた。
「俺が住んでいるマンションだよ。部屋は、十五階」
「な……」
なぜ飛鷹くんのマンションに? という私の問いは無視された。
「お帰りなさいませ、飛鷹さま」
「この人、今日からうちに住むから。なにかあったら、お願いします」
「お困りのことがありましたら、何なりとお申しつけください」
にっこり微笑まれ、とりあえずわけがわからないまま愛想笑いと共に頷く。
「ハイ……オネガイシマス」
「行くよ」
腕を取られ、ずるずると引きずられるようにしてマンションの中へ。
ピカピカに磨き上げられた床やさりげなく施された金細工に滲み出る高級感で、目が潰れそうだ。
「飛鷹くんって…………セレブなんだね」
「は? 俺、有名人じゃないけど」
「でも、テレビに出てたよね? イケメンIT実業家って……」
「やめて。その恥ずかしい呼び方」
エレベーターは、居住階以外には基本的に止まらないようになっているらしく、あっという間に十五階に着いた。
エレベーターホールに、ドアは一つしかない。
つまり、ワンフロア一部屋だ。
「すごいね……」
立派で重そうなドアを開きかけて、飛鷹くんはちょっと気まずそうな顔で振り返った。
「あー……最初に言っておくけど、いまちょっと部屋が散らかってるから」
「そうなんだ?」
男の人の部屋が散らかっているものだというのは、雅のお父さん――羽柴先生の暮らしぶりを見て知っている。
「それから、同居人がいる」
「同居人? あ……婚約者がいるんだよね? それなら、わたしを部屋へ入れるのはよくないんじゃ……」
「は? なに言ってんの? 婚約者って、誰?」
真顔で詰め寄られ、後退りしつつネットで得た情報を伝える。
「ふ、不動産会社社長令嬢で……高校の同級生で……周囲も認める仲で……婚約、結婚秒読みで……」
「ああ……アイツか。まあ、そういう話もあるけど、一緒には住んでいないし、気にしなくていいから」
婚約者がいるのに部屋に違う女性を連れ込むのは、非常識だと思ったけれど、完璧な彼女なら、わたしのような存在を脅威に感じることはないのかもしれない。
ただ、同じ中学校に通っていただけ。
それが、現在のわたしたちの関係だ。