溺愛の価値、初恋の値段
サングラスの向こうから、「白々しい」と言いたげな視線を向けられている気がしたが、どう思われようとかまわない。どうせ、二度と会うことはないのだ。


「ノンチェプロブレーマ! 番号だけでいいから、教えて!」


(なんで、めげないの……教えたくないって、察してよ……)


「それでは……」


わたしは、くじけるという単語を知らなさそうな外人さんに、口からでまかせの番号をスラスラと答えた。


「名前は? あ、僕はロメオだよ」

「ミナトです」

「ノーンッ! な・ま・え! 湊は、苗字でしょう?」


ロメオと名乗る外人さんの日本語がどんどん流暢になっている気がしたものの、にっこり笑って答える。


「アマネです」

「アマネ……漢字は?」


魔法のように、どこからか取り出したペンと紙を差し出され、渋々、漢字を書きつける。


「ええと……漢字の意味、オシエテ?」


わたしが口を開くより先に、サングラスの男性が答えた。


「Il rumore del mare」


「なるほど! ステキな名前だね!」


何と説明されたのかわからない。
でも、問い質すなんて、できっこない。

とりあえず、笑みを浮かべてお礼を言っておいた。


「……ありがとうございます」

「コレ、僕の番号とメールアドレス。いつでも連絡してね!」


渡された紙片には、電話番号とメールアドレスが記されていた。


「またね、海音(あまね)! 連絡くれたら、すぐに会いに行くよ! んーっ、チュッ!」


投げキッスに引きつった笑みを返し、店を出る。

受け取った紙片は、細かく破って最初に見つけたごみ箱に捨てた。



わたしは、運命の出会いなんて求めていない。



お金に目が眩み、大事なものを三百万円で売ったわたしには――恋をする資格なんて、ない。
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