溺愛の価値、初恋の値段

「あっ!」


ふわり、といい匂いに包まれて、気づけば飛鷹くんと一緒に布団の中にいた。

頬に当たる弾力のある広い胸。素足にからまる素足。しっかりとわたしを抱きしめている腕。いままでの人生で、こんなふうに男の人と裸同然の恰好で密着したことなどない。

心臓は、バクバクと音を立てて鳴っている。
鼓動も、浅い呼吸も、火照った肌もぜんぶ知られてしまう。


「さ、魚……」

「まさか、魚のほうがいいって言うつもり? 人肌のほうが落ち着くよね?」

「お、落ち着かない……」


パニックに陥りかけているわたしを宥めるように、大きな手が頭を撫でた。


「海音」


耳元で囁く声は、勘違いしてしまいそうなほど、懐かしい優しさに満ちている。


「難しいことを考えるのは、具合がよくなってから。いまは、ゆっくり休むことが大事」


そんなことを言われても、ドキドキしすぎてゆっくり休めない。


「こ、この状態はちょっと問題が……」


もぞもぞと身動ぎするわたしにイライラしたのか、飛鷹くんは大きく息を吐き、「わかったよ」と呟いた。

さきほど床に放り投げた魚の抱き枕を拾い上げ、わたしに押し付ける。


「あの、飛鷹くん……」


背を向けて横たわった飛鷹くんに呼びかけると、再び大きく息を吐き、反転してぎゅっと魚ごとわたしを強く抱きしめる。


「頼むから、さっさと寝て」


そっけない言葉に、「眠れそうにない」とは言い返せなかった。

身体を強張らせ、目をつぶってどれくらい経っただろうか。
わたしを抱きしめる腕の力が少し緩み、頭上から安らかな寝息が聞こえて来た。


(寝てる……)


暗がりの中で見る飛鷹くんのあどけない寝顔には、中学生だった頃の面影があった。


(そうだよね。本当に、別人になったわけじゃない……)


突然、大人になってしまった飛鷹くんに、戸惑い、混乱していた頭の中が、落ち着いていく。

強張っていた身体から力が抜け、いつの間にか、わたしは眠りに落ちていた。
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