溺愛の価値、初恋の値段


◆ ◆ ◆



(この匂い……コンソメ、かな?)


久しぶりに、食べ物の匂いで目が覚めた。

熱は下がったらしく、気分はすっきりしている。

ベッドの上にいるのは、わたしと魚の形の抱き枕だけ。
飛鷹くんがいた痕跡はなく、昨夜、抱きしめられて眠ったのは夢だったのかもしれないと思う。


(……とりあえず、起きよう)


シャワーを使いたいと断るために覗いたキッチンには、ロメオさんがいた。


「おはようございます……」

「おはよう、海音ちゃん。気分はどう?」


Tシャツにジャージ素材のスボン、髪はくしゃくしゃで髭生やしっぱなしでも、爽やかな笑顔が眩しい。


「熱も下がったので、もう大丈夫です。昨日は、おかゆを買ってきてくれて、ありがとうございました」

「気にしないで! こちらこそ、部屋を掃除してくれてありがとう。ようやく、人間らしい生活ができるよ。あ、先にシャワー使えば? ミネストローネ作ろうと思ってるんだけど、食べられる?」


食欲がなくとも、何かお腹に入れたほうがいいのはわかっていたので、ありがたくいただくことにした。


「はい、いただきます。ありがとうございます」

「いいえ、どういたしまして! それにしても、海音ちゃん。素敵な寝起き姿だね!」

にやりと笑ったロメオさんが片目をつぶる。

「え」


はっとして自分の姿を見下ろしたわたしは、薄手のパジャマワンピース姿であることに気づき、悲鳴を呑み込んだ。

慌ててキッチンを飛び出した途端、何かに激突する。


「うっ」

「いっ」


弾き飛ばされそうになった身体をたくましい腕が支えてくれ、転ばずに済んだ。


「……なんでそう朝から落ち着きないんだよ」


欠伸を噛み殺しているのは、飛鷹くんだった。


(さすが飛鷹くん。寝起きでもカッコイイ……)


濃くはないけれど、初めて見る無精ひげが生えた飛鷹くんの顔に、思わず見惚れてしまう。


「あのさ……やめてくんない? そういう恰好で歩き回るの」


飛鷹くんはぎゅっと眉根を寄せ、不快そうな表情をした。


「ご、ごめんなさいっ! 見苦しい姿をお見せしてっ……シャワー借りますっ!」


あたふたとバスルームへ駆け込み、鏡に映る自分を見てがっくりと項垂れた。

髪は寝癖でぐちゃぐちゃ、顔も青白くてやつれているし、薄っぺらい身体は人の目を楽しませるようなものではない。
飛鷹くんが不快な気分になるのも、もっともだ。


(他人と同居するんだから、気遣いは必要だよね。家族同然の京子ママたちと暮らすようなわけにはいかないんだって、忘れないようにしなくちゃ……)

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