溺愛の価値、初恋の値段
さっとシャワーをし、歯磨きだけしてバスルームを出た。

タオルで髪を拭いながら、リビングのソファーに寝そべっている飛鷹くんに呼びかける。


「飛鷹くん。シャワー使うなら、次どうぞ」


目元を覆っていた腕を退けた飛鷹くんは、わたしを見上げて眉根を寄せた。


「どうして、髪乾かさないの?」

「飛鷹くんが、バスルーム使ったあとでも……」

「来て」


飛鷹くんは、むくりと起き上がって、わたしの腕を取る。


「あの……?」


再びバスルームへ戻り、椅子に座らされた。
背後に立つ飛鷹くんを鏡越しに見ると手にドライヤーを持っている。


「自分で、でき……」


わたしの声は、ドライヤーの音にかき消された。

大きな手で髪の毛をかき分けられ、櫛けずられるのは気持ちいい。
うっとりし、ウトウトしかけたところで、ドライヤーの風が止まった。


「乾いた」


頭上から降って来た声で我に返り、慌てて立ち上がる。


「あ、ありがとうっ!」

「どういたしまして」

「飛鷹くんは、髪を乾かすのも上手なんだね」

「乾かしたのはドライヤーだし。上手いも下手もない」

「そんなことないよ。とっても気持ちよかった」


バスルームを出て行きかけていた飛鷹くんが、立ち止まって振り返る。


「あのさ……ほんと、やめて。そういうこと言うの」


思い切り睨まれて、足が竦んだ。

何が飛鷹くんの気に障ったのかわからない。でも、とにかく謝るしかない。


「ご、ごめん……っ!」


わたしは、焦ってお詫びの言葉を口にしようとしたものの、最後まで言えなかった。


(な、ななんっ……なんなのっ!)


口を塞がれ、柔らかなもので舌に触れられた。

未知の感覚に驚き、逃れようとした身体は、腰に回された腕と後頭部に添えられた手に逃げ場を封じられている。

戸惑い、縮こまる舌を強く吸い上げられる刺激に身体が震え、足に力が入らず、引き寄せられるままに広い胸に寄りかかる。

一度は解放されて口を閉ざしたのに、優しく唇を食まれ、舌でなぞられて、再び開いてしまった。

淫らな音を立てながら舌を絡められ、ふと違和感を覚えた。


(な、んだろ……スッとするような……ミント……?)

 

ぬくもりと快感の狭間にちらりと覗く違和感の正体に、驚く。 
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