溺愛の価値、初恋の値段


◆ ◆ ◆


同居生活が始まってから一週間。

飛鷹くんと一緒に眠ったのは、あの夜の一度だけ。
キスをしたのも、あの朝の一度だけ。

それ以外では大きな波乱もなく、平穏無事に毎日が過ぎていた。


他人と暮らすことのストレスは、思ったほど感じない。


高校時代の寄宿生活で慣れていたというのもあるけれど、お互いに顔を合わせるのは、朝食と夕食の時くらい。ひとり暮らしをしているのとほとんど変わらない生活だった。

飛鷹くんとロメオさんは、昼間は日本での仕事、夜は本社のあるアメリカとのやり取りと、いつ寝ているのか心配になるくらい忙しく働いている。

でも、どんなに忙しくとも朝と夜はロメオさんが作ってくれたイタリア料理、もしくは彼が作る日本の家庭料理(仮)を三人で食べるのがルールのようになっていた。

飛鷹くんとロメオさんのコントのようなやり取りに気を取られてしまうせいか、美味しいと感じられなくとも、食べることが苦痛ではなかった。

きちんと食事をしたおかげか、咳はすっかり治まり、額の傷も小さく目立たなくなっていた。







『なんとか明日は休めそう。詳し~く聞かせてもらうからね!』

『わたしも雅に会いたい。待ってるね!』


明日の土曜日、この部屋へやって来るという雅に、マンションの詳しい住所と地図を連絡し、ふと喉の渇きを覚えて部屋を出た。

何気なく見たデジタル時計は、午後十一時を少し回ったところ。


(ついでだから、二人の分も用意しようかな……)


ミーティングがあると言っていたから、飛鷹くんとロメオさんはまだ起きているはずだ。

甘い物好きの飛鷹くんは、どうやらインスタントカフェオレがお気に入りらしく、各社各種を常備していて、自分が飲みたくなるとわたしとロメオさんの分も作ってくれる。

色と香りはカフェオレでも、わたしにとっては「お湯」なので、美味しいとは思わないけれど、ほっとしたい時にカフェオレを飲むのがなんとなく習慣になっている。

お湯が沸くのを待つ間、何気なくスマートフォンでWebのニュースをチェックしていると桜の開花情報が目に留まった。


(桜か……今年は、まだ見てないな)


職探しに忙しくて、季節の移り変わりに目を向ける余裕もなかった。
この辺りの桜の時期は過ぎてしまっているから、春のお花見は来年までお預けだ。


(そう言えば……飛鷹くんとお花見に行ったっけ)

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