溺愛の価値、初恋の値段
中学生の時、飛鷹くんが連れて行ってくれた県外の大きな公園には、何種類もの桜が植えられていた。

ソメイヨシノ、シナミザクラ、エドヒガン、シダレザクラ、ミヤマザクラ等々。

冬に咲く桜もあると言う飛鷹くんを嘘つき呼ばわりして、桜の名前を暗記させられたのも、いまとなってはいい思い出だ。


(あ! 桜といえば……)


この前、ロメオさんが買ってきたチョコレートの包装紙が桜色だったと思い出し、冷蔵庫から取り出す。

キッチンバサミで桜の切り花を作り、そこに小皿に載せたチョコレートを置いてみる。
庶民的すぎるかもしれないけれど、ちょっと目を楽しませる程度なら十分だろう。


(うん、かわいいし……春っぽい)


カフェオレと共にトレーへ載せて、二人が仕事部屋にしているリビング横の部屋へ続くドアをノックする。


「飛鷹くん、ロメオさん。カフェオレ飲みませんか?」


部屋の中からは、英語らしきものが漏れ聞こえる。
邪魔をしてしまったかもしれないと後悔しかけた時、ロメオさんが勢いよくドアを開けた。


「ありがとう、海音ちゃん。いただくよ!」

「あの、これ……疲れた時にはチョコレートもいいかなと思って」

「んーっ! ちょうど食べたいと思っていたところだよ! あ、サクラだ。海音ちゃんが作ったの?」


チョコレートを口に放り込んだロメオさんは、お皿の下にいた切り紙を摘まみ上げた。


「空也っ! ほら、サクラだよっ! サクラ!」


部屋の中は薄暗く、飛鷹くんは壁に掛けられた大きなモニターに向かって何やら話していた。

そこに映し出されているのは、会議室のような広い部屋で、見るからに外国人とわかる人たちが五人ほどいる。


(地球の裏側の人とも、こんなふうに会議ができるって不思議……。そう言えば、あっち側の様子が映っているなら、もしかしてこっち側の様子も……?)


自分の姿もあちらに見えているのでは、と思った瞬間、大絶叫が聞こえた。



『アマーネーっ! アマネ! アマネーっ!』



モニターに映る外人さんたちが、こちらを指さし、わたしの名前を連呼している。

何を言っているのかまったく聞き取れないけれど、みんな笑顔なので悪いことを言われているわけではなさそうだ。

飛鷹くんは、なぜか耳まで真っ赤になって怒鳴り返し、ロメオさんはお腹を抱えて大笑いしている。

手を振られたので振り返すと、『おおっ!』という声が上がった。
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