溺愛の価値、初恋の値段
金曜日の贖罪
湯川さんに水をかけられ、怪しい外人さんにナンパされた二週間後。

わたしは、会社の更衣室でロッカーを片づけていた。


(二年いても……こんなものか)


会社に置きっぱなしにしていた細々した私物は、紙袋一つに収まった。就業開始前に片づけたデスクも、持ち帰るのは筆記用具くらいしかなかったので、これで全部だ。

あとは、人事部に入退室に必要なセキュリティカードを返却するだけ。

派遣会社の担当者は、スケジュールの都合がつかないため、午後から顔を出すと言っていた。
たぶん、わたしの代わりを引き連れて来るつもりなのだろう。

『Y電気工事株式会社』は、大手電力会社のグループ会社で、これまで働いた企業の中でもかなりの高時給、好待遇だった。

総務部で、派遣社員として働き始めてから二年。つい先日、来月から契約社員として採用したいと言われたばかりだったのに、とばっちりで辞めるはめになるなんて、思ってもみなかった。





湯川さんに水をかけられた翌日、わたしは人事部長に呼び出された。


『湊さんと沼田課長が不適切な関係にあるという噂を聞いてね。ひと悶着あったそうだね?』


いきなりズバリと訊かれ、相手が部長であることも忘れて叫んでしまった。


『あれはっ……わたしと沼田課長は何の関係もありませんっ!』

『うん。わかっているよ。でもね、残念ながらこういう噂は、一度立つとなかなか消えないんだよね。誰と誰がそういう関係か、公にするわけにはいかないから、表立って否定することもできいないし。基本的にはプライベートの話だからね。業務に支障がなければ強く咎めることは難しい。とはいえ、当人たちはそれなりの報いは受けることになる。ただ、君も居づらくなると思うんだよねぇ……わたしとしては、ぜひ続けてほしいと思っているんだけれどねぇ……』


その場ではっきり「クビ」とは言われなかったが、面談した翌日、派遣会社から直接雇用の話は白紙、契約更新もなくなったと連絡があった。

沼田課長は新年度から支店へ異動。湯川さんは、総務部から経理部へ異動。二人とも、引っ越しの準備と病気療養という理由で会社を休んでいる。

わたしは、残務整理のために有給休暇を消化できないまま辞めるというのに、だ。


(どうして、いつもこうなるの? 目立たないようにしていたのに。誘ってもいないのに。彼氏がほしいとも、結婚したいとも言ったことなんかないのに……)


「これで、不倫はないでしょ」


ロッカーの内扉に映っている自分の顔を見て、苦笑いする。

黒縁の眼鏡をかけ、伸ばしっぱなしの黒髪はうなじで一つに束ねただけ。メイクは、ファンデーションを塗って眉を整え、口紅を塗っただけの適当具合。十五分もあれば終わる。

地味で冴えない女。

でも、わたしはそんな自分の外見に満足している。

高校時代の親友が言うには、わたしは『見かけ倒しのクールビューティー』らしいけれど、男性に興味を示されたくないし、こちらも興味を持つ気はまったくない。

それなのに、高校を卒業して以来、いつも同じような原因で会社を辞めている。

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