溺愛の価値、初恋の値段
「海音っ! 用が済んだなら、出てってっ!」
椅子から立ち上がった飛鷹くんにトレーを奪われ、ドアの外へ押し出される。
「あ、あの、ごめんね、邪魔して。会議の真っ最中だとは思わなかったの。でも……なんであの人たち、わたしの名前知ってるの?」
「…………」
笑い過ぎて涙まで流しているロメオさんが、向こうの人たちに何やら説明しているようだけれど、飛鷹くんはこめかみを引きつらせたまま、沈黙している。
これ以上怒らせたら、カフェオレの歴史を勉強させられるのではないかと思い、わたしは早々に退散を決め込むことにした。
「ええと……お仕事、頑張ってね。おやすみなさい」
「海音!」
そそくさと逃げようとしたのに、呼び止められる。
「羽柴さん、明日来るって?」
「うん。雅が来ても大丈夫?」
「かまわない。それと……明日、四人分の弁当を作ってほしいんだけど、できる?」
初めての料理を作ってほしいというリクエストに、ドキリとする。
そんなわたしの緊張を見て取ったのか、飛鷹くんは宥めるように小さな笑みと共に付け足した。
「おにぎりとか唐揚げとか、簡単なものでいいんだ。体調が優れなければ、無理しなくていいから」
「何時までに必要?」
「九時くらいまでに作ってくれれば、間に合う」
それなら、なんとかなりそうだ。
食材は、日本の家庭料理にも果敢に挑戦しているロメオさんがひと通り買い揃えてあるから、それなりのものを作れるはずだ。
「わかった」
今度こそ、部屋へ引きあげようと背を向ける。
「海音」
「……はい?」
今度は何を言われるのかと身構えたわたしに、飛鷹くんは満面の笑みを向けた。
「楽しみにしてる。おやすみ」
久しぶりに見た飛鷹くんの笑顔の破壊力は凄まじく、わたしは辛うじて呟いた。
「お、お、やすみ……なさい」