溺愛の価値、初恋の値段
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「寝てても、鬱陶しい男ね」
ぼそっと呟いた雅は、向かいの座席で眠るロメオさんを忌々しげに睨みつけた。
現在、わたしたちは新幹線で桜前線を追いかけて、北上中。
あのあと――雅にいきなりプロポーズしてキスし、平手打ちされたロメオさんは、土下座して謝った……のだけれど、レプリカの短刀で切腹の真似をしようとして、さらに彼女の怒りを煽った。
怒り狂う雅を宥めるために、ロメオさんは何を思ったか再び彼女にキスをしようとして、再び平手打ちされ……再び土下座し……さらに怒られ……。
エンドレスな二人の攻防戦を停戦へ持ち込んだのは、飛鷹くんの「お花見に行くよ」のひと言だった。
飛鷹くんがお弁当をリクエストしたのは、なんとわたしたち四人でお花見に出かけるため。行き先も決まっていて、インターネットで新幹線のチケットまで購入済みだった。
マスコミ避けのために外出禁止だったのでは? という疑問は、「ピクニックなんて、庶民的なことをするとは思われていないから」と一蹴された。
初めて新幹線に乗るロメオさんは、スマートフォンで車体や車内を撮影しまくり、子どものようにはしゃいでいたが、発車して十分で寝落ちした。
飛鷹くんも同様で、二人は互いに頭を寄せ合い、仲良く眠りこけている。
通路を行く人がそんな二人をチラ見するので、わたしと雅はなんだか落ち着かない心地を味わっていた。
「サングラスをしてても、イケメンってわかるんだね?」
二人とも、昨夜は会議でおそくまで起きていたはず。
ゆっくり寝かせてあげたいという思いから、雅との会話は必然的に小声になる。
「顔は悪くないことは認めるけど、中身は最悪」
「雅……ロメオさんは、悪い人じゃないよ?」
あまりにも毛嫌いされているロメオさんが気の毒になり、ちょっぴり肩を持ったら、怒られた。
「いきなりキスするヤツが、善人なわけないでしょうっ!?」
「そ、それは……でも、ほら……スキンシップの境界線は日本とちがうと思うし……」
「自己紹介もそこそこに求婚するのは、日本じゃなくてもあり得ないと思うけど?」
「ナンパはしているかもしれないけど、結婚してなんて誰にでも言っているわけじゃないと思うよ?」
「……海音。あんた、どっちの味方なの?」
ギッと睨まれて、首を竦める。
「え、も、もちろん雅だけど……」
「そもそも、日本語ペラペラの外人なんてうさんくさいのよっ!」
あきらかに偏見……とは思うものの、怒っている雅はとても怖い。
逆らいたくない。
「で、どうなの? 同棲生活は」
「同棲じゃないよ。ロメオさんも一緒だし、同居」
「同じようなものでしょう? 変なことはされていないでしょうね? この男、忍耐力なさそうだから、病人でも平気で襲いかかりそうだし」
顎で飛鷹くんを示す雅に「そんなことないよ」と言ったけれど、無駄だった。
「で、どこまでされたの? まさか……」
「し、してない! …………キス以外は」
「ふうん?」
「本当! それに、ロメオさんと雅ほどディープじゃなか……」
「海音っ!」
雅の白い頬が、真っ赤に染まった。