溺愛の価値、初恋の値段
新幹線を降り、駅のコンコースを通り抜けて外へ出ると、広々とした空間が広がっていた。

道路も駅前の街並みも整備されているけれど、観光客が押し寄せるような場所ではないらしく、のんびりした雰囲気が漂っている。


(なんだか、来たことがあるような……?)


どことなく見覚えのある風景に首を捻った。

有給休暇や長期休暇がなかなか取れず、旅行とは縁のない生活を送っていたのに、既視感がある。

目的地までのバスも出ているけれど、飛鷹くんは荷物を運ぶのが面倒だと言って、さっさとタクシーに乗り込んだ。

着いたところは、桜がそこかしこに植えられた大きな公園。思い思いの場所にレジャーシートを広げて寛いでいる人たちの姿があった。

地元民の憩いの場らしく、家族連れが多い。フリスビーを追いかける犬やボール遊びをしている子どもたちが芝生の上を走り回っている。

家族で過ごす休日の見本のような光景に、ようやく思い出した。



(ここ……飛鷹くんと来た公園だ)



中学三年生になる前の春休みに、飛鷹くんとわたしはお花見に出かけた。

当時は、新幹線ではなく在来線を乗り継ぎ、駅からはバスに乗った。

飛鷹くんが、わたしたちが住んでいたS市からはちょっと遠いこの公園を選んだのは、色んな種類の桜があって、開花時期が長いからというだけでなく、知り合いに会いたくなかったからだ。

思惑どおりに、誰一人知った顔を見かけることなく、公園をのんびり散策し、桜の木の下でわたしが作ったお弁当を食べた。

学校ではまったく関係のないフリを貫いていたわたしたちは、数えるほどしか一緒に出かけたことがないので、貴重な思い出の一つだ。


「んーっ! ピクニック日和だね!」


思い切り伸びをしたロメオさんの言うとおり、空は晴れ渡り、吹く風も心地よい。

ちょうど満開の桜の近くにレジャーシートを広げ、荷物を置くなりロメオさんは雅の手を取った。


「交代で散歩しよう! ちょっと行って来るね!」

「え、ちょっ……待ちなさいよっ!」

「いってらっしゃい、雅。ロメオさん」

「海音ーっ!」


半ば抱えられるようにして連れ去られる雅を見送る。

雅は、なんだかんだ言っても、ロメオさんのことが本気で嫌いではない。
本気で嫌いだったなら、時々、自分が打ってしまった彼の頬の様子を心配そうに窺ったりしない。


「飛鷹くん、コーヒー飲む? それともお昼寝する?」


まだ眠そうに欠伸を噛み殺していた飛鷹くんは、サングラスを外してゴロリと横になる。


「寝る」

「じゃあ、これ使って」


鞄に詰め込んできたひざかけ用のキルトを取り出し、横になった飛鷹くんに渡そうとしたら、「海音も横になれば?」と誘われた。
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