溺愛の価値、初恋の値段

「え、い、いいよ。大丈夫」

「前に来たときは、ぐうぐう寝てたくせに」

「あ、あの時はっ……お弁当作るのに早起きしたし、前の晩から眠れなくって……」


あの日も、今日みたいにいい陽気で、公園を歩き回ってほどよく疲れ、お腹いっぱいになったわたしたちは、寝転がって他愛もない話をしているうちに寝てしまったのだ。

気がつけば日が暮れかけていて、二人で慌ててバス停まで走った。

息を切らせて笑いながら、バスの中で「また来ようね」と約束した。


「この公園の場所、ぜんぜん思い出せなかったんだよね。今日は、連れて来てくれてありがとう」


在来線を何度か乗り継いだため、わたしは飛鷹くんとはぐれないようにするだけで精一杯。詳しい場所を覚えていなかった。

ひとりで来ても辛い思いをするだけだと思うと、積極的に探す気にもなれなかった。



「約束したから。また来ようって」



「え……?」



 まさか、あの時の約束を果たすためだけに、花見をしようと考えたのだろうか。

 驚くわたしに、飛鷹くんはキルトを持ち上げて中へ入れと促した。


「海音も入れば? 身体を冷やしたら、また肺炎がぶり返すかもしれない」

「え、でも、人が見て……」

「みんなが見てるのは、桜。人のことなんか誰も見てない。早く」


ぐいっと腕を引っ張られ、倒れ込む。
二人の間には、まだひと一人分くらいの隙間がある。


「背中寒いんだけど。もうちょっと、こっち来て」 


大判のひざかけも、二人で使うには小さい。
仰向けではなく、横向きでぎりぎりお互いの上半身を覆う大きさだ。

かと言って、抱きつくなんて、できない。

ためらうわたしに飛鷹くんは溜息を吐き、解決策を提示した。


「背中向ければ?」


それなら大丈夫そうだと安堵して、飛鷹くんに背を向けた途端、抱きしめられた。


「ひ、飛鷹くんっ」

「これなら、恥ずかしくないでしょ?」


いくら服を着ていても、密着すればお互いのぬくもり以上のものが伝わってくる。

背中にあたる広い胸やお尻にあたるたくましい太腿、さりげなくお腹に置かれた大きな手が気になって、恥ずかしいどころの話ではない。

いまのわたしは、きっと使い捨てカイロ以上の保温力を発揮している。

しかも、寄り添う飛鷹くんは、あんなに眠そうだったのが嘘のように話しかけてくる。


「あのさ……海音って、スーツ着ると別人になるタイプ?」

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