溺愛の価値、初恋の値段

「え?」

「バーにいた時の海音は、ロメオの誘いもさらっとかわせる、男慣れした大人の女だった」

「あ、れは……あの時は仕事モードというか……。深く関わり合いになりたくなければ、素っ気なく振る舞うのが一番だから……」


男性とお付き合いしたことのないわたしでも、面倒事にさんざん巻き込まれていれば、あしらい方くらいは上達する。

なるべく私的な話はしないよう線を引いた付き合いを心がけているので、よほど鈍くない限り、相手が踏み込んでくることはない。


「でも、俺の前だと挙動不審な中学生みたいだよね?」


(きょ、挙動不審って……!)


「それはっ……! わたしが飛鷹くんの前だと中学生みたいになるのは、飛鷹くんがあの頃と同じ態度で接して来るからだよ!」


思わずむきになって言い返す。

納得するまで質問を繰り返し、遠慮なく距離を詰めてわたしをうろたえさせるような人は、飛鷹くん以外に会ったことがない。


(あのバーで、ロメオさんと一緒にいた人は例外かもしれないけれど……ん?)


わたしはふと、飛鷹くんがバーでの出来事を知っている口ぶりなのに気がついた。


「もしかして……あのバーでサングラスをしていたうさんくさい人は、飛鷹くん?」

「うさんくさいって……いまごろ気づいたの?」

「そっか……そうだったんだ。だから……」


なぜ初対面の人にあんなことを言われたのか、いまになって腑に落ちた。

わたしが、大金に目が眩むような人間だと知っているのは、飛鷹くんと飛鷹くんのお母さんだけだ。

こうして気安く話していられるのは、飛鷹くんが心の広い持ち主だからであって、普通なら、あんなことをした人間の顔も見たくないだろう。

わたしが飛鷹くんの乗った車の前に、勝手に倒れ込んで来なければ、あのバーでの邂逅を最後に、二度と関わることもなかったはず。


「偶然にしても、すごくみっともないところ見られちゃったんだね。飛鷹くんには、軽蔑されてもしかたないけど……わたし、不倫なんかしてないよ」

「海音、あの時は……」

「海音ーっ!」


飛鷹くんが何か言いかけた時、芝生を横切り、こちらへ来る雅とロメオさんの姿が見えた。

こんな体勢のまま、雅と顔を合わせられない。
慌てて起き上がり、キルトから這い出した。


「この公園、いろんな種類の桜があるのね? 満開のものから葉桜まで、軽く一周するだけでも十分目の保養になったわ」


軽く息を弾ませ、頬を桜色に染めて目をキラキラさせている雅は、友人から見てもとてもかわいい。
サングラスを外したロメオさんの顔が、緩みっぱなしなのも無理はない。


「海音たちも散歩してきたら? まだお昼には、ちょっと早いし」

「でも、飛鷹くんは眠いって……」

「昼寝は、食べたあとでもできる。行くよ、海音」


そう言って手を取られてしまえば、逆らえない。
ロメオさんを邪険にあしらう雅に見送られ、飛鷹くんと二人で遊歩道を歩く。

繋いだ手のぬくもりや地面にハラハラと散り落ちる花びら、濃厚な桜の香りが懐かしい思い出を運んでくる。

ただ黙って歩くわたしの耳に、小さな声が聞こえた。



「ごめん……」


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