溺愛の価値、初恋の値段
ハッとして見上げると、飛鷹くんは前を向いたまま、繰り返した。


「何も知らないくせに、あんなことを言って……ごめん」


「……うん。でも、あの場面を何も知らない人が見たら、わたしが悪いって思うのは普通だよ。実は、あのとばっちりで……派遣先辞めなきゃならなくなったんだ。だから、いま……無職」


あんなに言うのをためらっていたのが嘘のように、するりと口から出た。


「知ってる」


無職だと知られていたと聞いて、驚きはしなかった。

もともと隠し事は得意ではないし、普通に働いていたら、会社に連絡もせずに一週間休むなんてあり得ない。
観察眼の鋭い飛鷹くんに、気づかれないわけがない。


「飛鷹くんは、やっぱりなんでも知ってるんだね。でも、どうしてあの時サングラスしてたの?」


夜の店内でサングラスは、さすがに怪しすぎる。
飛鷹くんはぼそっと言い訳した。


「……の準備ができていなかった」

「え? 何の準……」

「あの時、海音は……俺に気づいたから、ロメオに嘘の番号を教えたんだと思った。何度架けても『マダムの館』に繋がるから、冷やかしかって怒られたよ」


(『マダムの館』……なんだか、いかがわしそうな名前……)


「そのとおり、いかがわしい店だったよ」

「ご……ゴメンナサイ……」


しばらく気まずい沈黙が続き、飛鷹くんがくすりと笑った。


「でも……変わってなくて、ほっとした」


公園の一角にある遊具やベンチは真新しく、桜の木も成長しているから、まったく同じ風景ではない。
それでも、人がひしめき合うことのない、どこかのんびりとした空気を漂わせる公園の雰囲気は、昔と変わらない。
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