溺愛の価値、初恋の値段
いつもの三倍は時間がかかった入浴をようやく終え、服を着ることを許されてキッチンへ行くと、飛鷹くんが包丁をしげしげと眺めていた。
「ひ、飛鷹くん?」
恐る恐る近づいて覗き込めば、定規で計ったかのように小さな立方体に切りそろえられた豆腐が、まな板の上にいる。
「切れが悪い。あとで、研いでおくよ。俺が味噌汁を作るから、海音は鮭焼いて」
いつの間に、料理ができるようになったのか。
昨夜から、わたしの知らない姿を次々と見せつけられて、戸惑ってしまう。
飛鷹くんが、お味噌汁を手際よく作る間に、わたしは鮭を焼きながら卵焼きを作り、ロメオさんが浅漬けにしたきゅうりとカブを冷蔵庫から取り出す。
炊飯器が炊き上がりを知らせるメロディと陽気な声が聞こえたのは、ほぼ同時だった。
「おはよう、空也! 海音ちゃん!」
「おはようござい……雅っ!?」
振り返り、ロメオさんに挨拶しようとしたわたしは、彼の後ろに隠れるようにして立っている雅に気づき、驚いた。
「おはよう……海音」
小さな声で挨拶する雅らしくない雅に、いったい何があったのか心配になる。
「どうしたの? 雅。なんでロメオさんと一緒なの?」
「昨夜、雅は僕の部屋に泊まったんだよ、海音ちゃん。ちなみに、今日は雅のお父さんに結婚のご挨拶に行く予定」
にこにこ笑う上機嫌のロメオさんと顔を赤くして俯いている雅。
「え? 結婚?」
「雅のお父さんは、結婚前提のお付き合いじゃないと許してくれないって言うから。もう前提は必要ないから、結婚のご挨拶」
彼氏ができたという報告どころか、いきなり夫ができたという報告を聞かされたら、いくら温厚な羽柴先生でも、錯乱してロメオさんに襲いかかるのではないだろうか。
「羽柴先生にも心の準備が必要じゃないかと……?」
「昨夜、雅には僕のところに泊まってもらいますって電話しておいたから、大丈夫だよ」
「…………」
いまごろ、羽柴先生は生きる屍になっているかもしれない。
「実際に籍を入れるには、諸々の書類仕事や手続きがあるから、ちょっと時間がかかるけれど。あ、今朝は空也が作ったんだ? で、海音ちゃん。身体は大丈夫?」