溺愛の価値、初恋の値段
「えっ……う、はい、大丈夫、です」
顔が熱くなり、軽く汗ばむほど身体が火照る。
ロメオさんの言う「大丈夫」の意味がわからないほど、鈍感ではない。
「ちゃんと眠れた? 空也は、ぜったい一晩じゃ足りな……」
「ロメオ、朝からうるさい。さっさと座れ」
飛鷹くんに叱られて、ロメオさんは雅に椅子を引いてあげ、あきらかにおかしい距離感でその横に椅子を引き寄せ、腰を下ろす。
「ち、近いってばっ!」と小声で抗議する雅に、ロメオさんは「近くないよ。膝の上に乗せてないでしょ?」と返す。見てるこちらが恥ずかしくなってしまう。
「それにしても、空也はずいぶん料理が上達したよね? 最初の頃なんて、残飯が出て来たのかと思ったよ」
飛鷹くんとわたしが作った朝ごはんを食べるロメオさんは、お味噌汁の中にいる正確な立方体の豆腐を器用に箸で摘まみ、しみじみと言った。
「……そんなにひどくなかった」
ぼそっと抗議する飛鷹くんに、ロメオさんは顔をしかめ、スマートフォンを取り出した。
「これだよ? ひどくない? 海音ちゃん」
「…………」
画面に映し出されたのは、黄色と黒のまだら模様の塊の間から、赤い何かがはみ出しているというホラーな物体。
「空也は、何を作ろうとしたんだと思う?」
「し……えっと、オムライス、かな?」
死体、と言いそうになり、慌てて言い直す。
飛鷹くんの好きなものだろうと思って当てずっぽうで言ってみたら、ロメオさんが目を丸くした。
「よくわかったね! そう、オムライスを作ろうとしたんだよ。目指すオムライスが作れないと空也が諦めるまで、毎日オムライスを食べさせられたんだ。ひと月もだよ! オムライスは、二度と見たくないね」
飛鷹くんのオムライス愛は、わたしの想像以上に強いものだったらしい。
雇い主である飛鷹くんにリクエストされたら、作らないわけにはいかないけれど、昔と同じ味にはならないかもしれない。
わたしは、この十年、オムライスを作ることも食べることもなかった。