溺愛の価値、初恋の値段


「目指す味って……どこかのお店のオムライスが気に入ってたの?」


雅の問いに、飛鷹くんはむすっとした表情で「べつに」と答える。


「あ、そろそろ出勤の準備をしないと間に合わないね? 雅。空也、頼まれてた件、ジェズから連絡があって、予約してくれたって。詳しい情報はメールで送ったから、あとで確認して」

「助かった。ありがとう」

「どういたしまして。行こう、雅」

「あ! 雅……」


雅は、ロメオさんと本当に結婚するのだろうか。 
押しの強いロメオさんに押し切られたのかもしれないと思うと、雅が心配だ。


「大丈夫。あとで、連絡するから」


いつものような元気はなかったけれど、ほんの少しだけ笑った雅に、ほっとした。


「うん。いつでも連絡して」

「また明日ね、海音ちゃん!」


慌ただしく二人が去り、一気に部屋の中が静かになる。
食器を下げようとするわたしを制し、立ち上がった飛鷹くんが手早く片づけた。


「海音。これから仕事で出かけるけど、夕方には戻る。今夜は、外で食べよう」

「え?」


連日出かけるなんて、マスコミ対策は大丈夫なのだろうか。

しかも、ロメオさんと雅は来ないから……二人きりで出かけるつもりと思われる。

昨日、飛鷹くんは「終わらせる」と言った。
それは、まちがいなくわたしたちの幼くて、不完全燃焼だった恋を終わらせるという意味だったはずなのに……。


「見たい映画、探しておいて。できれば、眠くならなさそうなヤツがいい。映画の後で、食事。だから、昼食べるのは遅めにして」


デートなわけはないけれど、どういうつもりなのか問い質したい。
でも、飛鷹くんの目は「質問は受け付けません」と言っている。

コトナカレ主義のわたしは、とりあえず無難な質問をした。


「……明日のごはんは、いる? 何が食べたい?」

「明日は、夜は未定だけど、朝と昼はいる。オムライス以外なら、何でもいい」


オムライスを外してくるとは予想外だ。
ロメオさんに暴露されて、拗ねてしまったのだろうか。


「あの……オムライスじゃなくて、いいの?」

「オムライスは、当分作らなくていい」


きっと、練習のために飛鷹くん自身、うんざりするほど食べたのだろう。
わたしとしても、作らずに済むならそのほうがありがたい。


「じゃあ……お昼は、親子丼にしようかな?」


冷蔵庫にある食材を思い浮かべながら提案すると、飛鷹くんは「それでいい」と頷いた。


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