溺愛の価値、初恋の値段
食後のお茶を飲み干し、わたしが乾燥の終わった食器を片づけていると、濃紺のスリーピース・スーツに着替えた飛鷹くんが現れた。
「海音。出かけるから」
細身のシルエットが、引き締まった身体を引き立てている。
そのままモデルにでもなれそうだ。
「何か必要なものがあれば、買って来るけど?」
「必要なもの……あ、三つ葉が欲しいかも」
「わかった」
「でも、どうしても必要ってわけじゃないから」
忙しい飛鷹くんに無理をしてほしくなくて言い添えると、怪訝な顔をされた。
「どうして? あったほうがいいんじゃないの?」
「なくても親子丼は作れるし」
「海音は、三つ葉があったほうが美味しいと思うの?」
「う、うん」
「じゃあ、必要でしょ」
そう言ってドアノブに手をかけた飛鷹くんは、なぜか急に振り返り、一歩こちらへ踏み出した。
腰に腕が回ったと思ったら、目の前にグリーンのドット柄のネクタイが。
メイクはしていないけれど、汚してはいけないと仰け反ったわたしの唇に、柔らかなものが触れた。
驚くわたしを見下ろしているのは、長いまつげに覆われた瞳。
(黒じゃなくて、なんて言うんだっけ? ……不思議な色)
「なんで目、開けたままなの?」
たった今まで触れていた唇を綻ばせ、飛鷹くんが笑み崩れる。
「……なんとなく」
茫然とするわたしに、飛鷹くんはもう一度、今度は啄むようなキスをした。
「いってきます」
ドアが閉まる音で我に返り、わたしはようやく呟いた。
「い、いってらっしゃい……」