溺愛の価値、初恋の値段

飛鷹くんもロメオさんもいないと、やることはほとんどない。

今日は、シーツやカバーなどの寝具を洗ったので(洗わずにはいられなかった)、多少洗濯に時間がかかったものの、掃除を含めて午前中で仕事は終わってしまった。

なんとなく身体にだるさが残っていたせいだろう。ソファーに寝転がり、映画情報を検索しているうちに眠ってしまい、目が覚めたら、すでに午後四時だった。

もうそろそろ飛鷹くんが、帰って来る。


(ど、どうしよう、何を観るか決めてない……)


慌ててスマートフォオンで再度検索しようとしたら、玄関のチャイムが鳴った。

誰だろうと怪訝に思いながらドアを開ければ、手にスーパーのビニール袋と大きな紙袋を持った飛鷹くんがいた。


「おかえり、なさい……?」


いままで、わざわざチャイムを鳴らしたことなどなかったのに、ロックに不具合でもあったのだろうか。


「ただいま。顔にあとがついてるけど? 寝てたの?」


手を伸ばしてわたしの頬に触れながら、飛鷹くんはくすりと笑う。


「う、うん。なんだか、身体がだるくて……」


笑っていた飛鷹くんがぎゅっと眉根を寄せた。


「具合が悪いの?」

「え、ちがうよ。たぶん、疲れてるだ、け……」


言いながら、疲れている原因に思い当たったわたしが口ごもると、飛鷹くんは目元をうっすら赤くして「ごめん」と呟いた。


「うん……」


気まずい沈黙が広がり、どうしようとうろたえていたら、わたしのスマートフォンの着信音が聞こえた。

慌ててリビングへ戻り、発信元を確かめもせず応答する。

相手は派遣会社だった。

淀みなく並べられる仕事の内容や条件に相槌を打ちながらも、飛鷹くんが歩き回る音が気になって、ちっとも集中できない。

検討させてくださいと返事をし、電話を切った途端、また別の派遣会社から電話がかかって来て、別の案件を紹介される。

飛鷹くんとの曖昧な契約が続く間は、次の仕事を決められないから、断るしかないのだけれど、やはり検討させてくださいと言って電話を切った。

いつ、この部屋を出て行くことになるかわからないという思いが、頭の片隅にある。
突然、放り出されることはないだろうけれど、飛鷹くんとの生活が永遠に続くわけではないのだ。
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