溺愛の価値、初恋の値段


「飛鷹くんって……着物、好きだね?」


あの写真をずっと持っていたのは、やはり着物好きだからなのかと、ちょっとがっかりしたわたしの耳に、飛鷹くんはとんでもないことを囁いた。


「うん。着物姿の海音を脱がせてみたい」

「えっ」

「乱れた裾とか、はだけた胸元とか……解けた帯とか、色っぽいだろうなって」


飛鷹くんの腕が腰に回り、引き寄せられる。


「映画は観ずに、別のことで時間を潰そうか? 海音」


飛鷹くんは、指でわたしの顎を押し上げて、にっこり笑った。
破壊力のあるその笑顔に、どこか不穏なものを感じ、首を振る。もちろん、横に。


「え、映画、観る」

「家でも観れるよ?」

「映画館で、観たい……かも」

「どうして?」


スカートの裾から忍び込んだ手が、太腿を撫でる。


「ど、どうしてって……」


息が上がり、足が震える。


「海音?」

「んっ」


耳元で囁かれ、腰が砕けそうになり、広い胸に縋りつく。

どうすれば飛鷹くんを止められるのか、必死に考えを巡らせて、太腿を撫でていた手がさらに上へと伸びた瞬間、叫んだ。


「ふ、普通のデートがしたいのっ!」


ぴたりと飛鷹くんの手が止まった。


「わ、わたし、普通の恋人同士がするようなデート、したことがないから……」

「ふうん……映画を観るのは、デートなんだ?」

「あ、ええと、そ、そのつもりじゃなくていいんだけど、でも、その……」


飛鷹くんには、まったくそのつもりがなかったかもしれないと思い、わたしは恥ずかしさで顔が熱くなった。

なぜ、飛鷹くんが誘惑してくるのかわからないまでも、わたしたちが恋人同士ではないことくらいは、わかる。

セックス=恋人同士とはならないし、映画を一緒に観る=お付き合いしていることにはならない。
服をプレゼントしてくれたのだって、わたしの持っている服では、飛鷹くんの隣を歩くのにふさわしくないというだけのことで……。



「いいよ。デートしよう、海音」



チュッとリップ音を立ててわたしにキスした飛鷹くんは、ニコニコ笑っていて、とても嬉しそうだ。


何か企んでいるのかもしれないけれど。


「このまま出かけられる?」

「一応、メイクを……」


なぜか不満そうな顔をする飛鷹くんに、折れそうになる。が、やはり少しでもきれいな状態で、飛鷹くんの横に立ちたい。


「せっかくデートするなら、ちょっとでもきれいにしたい……」

「じゃあ、十五分ね」

「えっ!」


十五分でメイクなんて、仕事をしていた時よりも短い。

しかし、無理だと言いかけたわたしに、飛鷹くんは命令した。


「厚化粧はしなくていいから。わかった?」

「……ハイ」

< 98 / 175 >

この作品をシェア

pagetop