溺愛の価値、初恋の値段
「飛鷹くんって……着物、好きだね?」
あの写真をずっと持っていたのは、やはり着物好きだからなのかと、ちょっとがっかりしたわたしの耳に、飛鷹くんはとんでもないことを囁いた。
「うん。着物姿の海音を脱がせてみたい」
「えっ」
「乱れた裾とか、はだけた胸元とか……解けた帯とか、色っぽいだろうなって」
飛鷹くんの腕が腰に回り、引き寄せられる。
「映画は観ずに、別のことで時間を潰そうか? 海音」
飛鷹くんは、指でわたしの顎を押し上げて、にっこり笑った。
破壊力のあるその笑顔に、どこか不穏なものを感じ、首を振る。もちろん、横に。
「え、映画、観る」
「家でも観れるよ?」
「映画館で、観たい……かも」
「どうして?」
スカートの裾から忍び込んだ手が、太腿を撫でる。
「ど、どうしてって……」
息が上がり、足が震える。
「海音?」
「んっ」
耳元で囁かれ、腰が砕けそうになり、広い胸に縋りつく。
どうすれば飛鷹くんを止められるのか、必死に考えを巡らせて、太腿を撫でていた手がさらに上へと伸びた瞬間、叫んだ。
「ふ、普通のデートがしたいのっ!」
ぴたりと飛鷹くんの手が止まった。
「わ、わたし、普通の恋人同士がするようなデート、したことがないから……」
「ふうん……映画を観るのは、デートなんだ?」
「あ、ええと、そ、そのつもりじゃなくていいんだけど、でも、その……」
飛鷹くんには、まったくそのつもりがなかったかもしれないと思い、わたしは恥ずかしさで顔が熱くなった。
なぜ、飛鷹くんが誘惑してくるのかわからないまでも、わたしたちが恋人同士ではないことくらいは、わかる。
セックス=恋人同士とはならないし、映画を一緒に観る=お付き合いしていることにはならない。
服をプレゼントしてくれたのだって、わたしの持っている服では、飛鷹くんの隣を歩くのにふさわしくないというだけのことで……。
「いいよ。デートしよう、海音」
チュッとリップ音を立ててわたしにキスした飛鷹くんは、ニコニコ笑っていて、とても嬉しそうだ。
何か企んでいるのかもしれないけれど。
「このまま出かけられる?」
「一応、メイクを……」
なぜか不満そうな顔をする飛鷹くんに、折れそうになる。が、やはり少しでもきれいな状態で、飛鷹くんの横に立ちたい。
「せっかくデートするなら、ちょっとでもきれいにしたい……」
「じゃあ、十五分ね」
「えっ!」
十五分でメイクなんて、仕事をしていた時よりも短い。
しかし、無理だと言いかけたわたしに、飛鷹くんは命令した。
「厚化粧はしなくていいから。わかった?」
「……ハイ」