溺愛の価値、初恋の値段
(……どこからどう見ても、カッコイイ)
映画館の化粧室でメイクを直してロビーに戻ったわたしは、スマートフォンで誰かと話している飛鷹くんの姿を見て、小さく溜息を吐いた。
淡い水色のジャケットに白っぽいシャツ、グレーのテーパードパンツというなんてことのない普段着のコーディネートでも、着る人によっては特別に見えるという見本がそこにいた。
ジャケットや靴、時計なんかの長く使えるものは高級ブランド。でも、その中に着ているのはファストファッションブランド。
家政婦として飛鷹くんの衣類を洗濯しているわたしは、たびたびそのギャップに驚かされる。
飛鷹くん曰く、「洗濯する時に気を遣うのが面倒」なので、普段着や肌に直接触れるものは、いくらでも替えが効くものを選んでいるとのことだった。
現在、彼の服を洗濯する役目を請け負っているわたしとしては、とてもありがたい。
(カッコイイだけじゃなく、頭もいいし、たぶんお金持ちだし……)
別世界の人だとつくづく思う。
そんな彼に、よくも一糸まとわぬ姿を見せられたものだと、自分の無謀さに呆れる。
噂の元カノ(飛鷹くんは否定したけれど)のように美しい女性とわたしでは、容姿だけでも月とスッポン以上の差があるし、わたしにはいわゆるベッドでのテクニックというものも、備わっていない。
(どうだったんだろう……? がっかり、しなかったかな……?)
昨夜は、お互いに疲労困憊で、気絶するように眠ってしまった。
朝も、ロメオさんと雅がいたし、感想を訊けるような雰囲気にはならなかった。
「海音、何が『どうだった』なの?」
「えっ!」
さっきまで、ちょっと離れた場所にいたはずの飛鷹くんが、目の前にいた。
「映画なら、最後しか観てないけど、ハッピーエンドだったよ」
「そ、そうなんだ」
わたしは、引きつった笑みで動揺をごまかした。
(あ、危ない……変なこと考えないようにしなくちゃ……)
上映時間と混み具合を検討した結果、ベタな恋愛物を観ることにしたのだけれど、もともとアクション映画しか観ないという飛鷹くんは、上映開始五分で寝落ち。
暗くなると眠くなる性質のわたしも、中盤にさしかかったあたりから記憶がなく、エンドロールが流れる中、飛鷹くんに起こされるまで熟睡していた。
「せっかく映画館まで来たのに、寝ちゃって……ごめんなさい。チケット代も払ってもらったのに……」
「それを言うなら、俺でしょ。デートで寝るとか、最悪な男だと思うけど」
眉根を寄せ、申し訳なさそうに反省するという滅多に見られない飛鷹君の態度に、わたしは動揺してしまった。
「そんなことない! 仕事で疲れてるのに、連れて来てくれて嬉しかったよ! 寝ちゃうのは、気を許してくれているって証拠だと思うし、わたしも熟睡してたし、だからっ……」
ふっと視界が翳り、柔らかいものが唇に触れた。
「海音は、俺を煽るのが巧いね。そろそろいい時間だから、行こうか」
手を握られ、歩き出す。
映画館を後にして、賑やかな繁華街を迷いのない足取りで進む飛鷹くんの半歩後ろを歩きながら、わたしはさっき起きたことを再確認した。
「飛鷹くん……さっき、キスした?」