キミ観察日記
 男が少女を連れて行く。
 といってもキッチンかカウンターごしに見えるリビングにいるので、すぐ近くだ。

「これなに?」
「かるたです」
「かるた……?」
「お正月に遊ぶものですよ。こちらのカードに、イラストが。こちらには文字が。イラストのものを、こうして並べておきます。私が読み上げるので、その文章にピッタリあてはまるイラストを紅花さんは選んで取って下さいね」

 それなら少女の言語力もつくな、と与一は考えた。
 りんごのことを【あかいの】と言った少女は、言葉を知らなさすぎる。

 その【赤】も、与一が少女に教えた。

 ニンジンは知っていた。

 朝と夜の違いは与一が教えた。

「では、いきます。青くて、広いもの」

 与一は考えた。
 それは空か海だろうと。

「おふろ?」

 風呂のどこが青いんだ。
 たしかにこの家の風呂は、どこの旅館かと思えるくらいには広いがな。

 与一は淡々と夕食の準備を進めながらも、二人の会話に耳を傾けては心の中でツッコミを入れた。

「ヒントを言いましょう」
「ひんと?」
「こたえを出すための、手がかりです。ヒントを聞けば。当てられるかもしれません」
「ひんと!」

 ああやって、人は、誰かになにかを教わり、学び、知恵をつけていく。

 当たり前のように知っていることも、最初は、当たり前ではなかった。

 なのに、いつのまにか、自分一人の力で生きてきたみたいなことを言うようになるんだ。

 恵まれた環境のありがたみに気づけない。

「……僕も。僕の大嫌いな大人になっていくんだな」
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