キミ観察日記
「はやい子だと園児の頃には前歯から生え変わり始めますが。紅花さんは、七歳間際で全てが乳歯でした。六歳臼歯も生えてきていなかった」

 いつもと変わらない様子の男。

「ボロボロになる前に。……気づいてやれて、よかったですね」

 あからさまに動揺する与一。

「私もそう思いますよ」

 だったらどうして。
 どうして、殺したいんですか。

 そんな冗談を僕に?

 本当によかったと思っていますか?

「……アイツの歯を磨いてやったとき、驚きました。子供の歯というのは。こんなに小さなものなのかと」

 初めて少女の歯に歯ブラシをあてたときのことだ。

「歯だけではないですよ。あの子の場合、顎もとても小さいのです。虫歯も治し、歯磨きも習慣づいてきたことですし。近いうちに矯正を始めた方が将来的に噛み合わせもよくなるでしょう」

 ーー将来的に

 生かすのか、殺すのか。

 殺すつもりならそんな提案はしない。
 それとも殺すつもりでそんな提案を?

「……どうしてそんな話を僕にするんですか」
「どうしてでしょうね?」

 質問に質問で返してくるのは、狡い。

 その間に答えを用意する時間を稼がれている。
 或いは、反応を見られている。

 それともその両方か。

「これからも世話してやるつもりなんですよね? 夏が、終わっても」

 ついに、聞けずにいた疑問を口にしたとき。
 男は冷たい眼差しで与一を見た。

「どうしてそう思うんですか」

 思うわけではない。
 ただ、今は、そう願いたいのだ。
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