敏腕専務はウブな彼女を染め上げたい~イジワルな彼の甘い言いつけ~
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こうして偽の恋人関係を始めた私たちは、母に挨拶するという最初のミッションを無事終えて、駅へと向かっている。
専務はかなりの役者だった。母のどんな質問にも動揺せず答えていて、本当の恋人になったのでは、と錯覚するくらい演技が完璧だった。
私を見つめる瞳も愛おしそうに見えたし、私をどれだけ想っているかについて語る声色も甘くて、終始ドキドキしてしまった。
それに、『カノちゃんがこっちにいられるように説得するのを忘れるな』という社長の注意事項もしっかり守ってくれたし。
『まだまだ多くの時間をふたりで過ごしたいと思っています。花乃さんは私が必ず守りますので、どうかご安心ください』
誠実な彼にそう言われた母はすっかり心を許したらしく、地元に帰ってこいだなんて話はひとことも出さなかった。とりあえず、まだ東京にいることを認めてもらえたようだ。
隙間風が吹き抜ける微妙な距離を開けて歩きながら、穏やかな表情の専務が口を開く。
「よかったですね。ひとまず危機を脱したようで」
「はい、本当に助かりました。専務は演技がお上手ですね」
ちょっぴり茶化してふふっと笑うと、彼は私を見下ろして「森次さんこそ」と言う。