敏腕専務はウブな彼女を染め上げたい～イジワルな彼の甘い言いつけ～

「それになにより、愛する人を想ったまま別の女性と結婚するなんてバカなことはしませんよ。この子を悲しませるだけですから」


声に少し優しさを取り戻し、森次さんをしっかりと抱きしめ直した。

しばし呆然としていたお嬢様は、ようやく諦める気になったのか、下手な舞台役者かというほどわざとらしく笑いだす。


「あ……あっははは！　なーんだ、桐原さんってもっと賢い人だと思っていたけど、恋にのぼせ上がった腑抜けじゃない。私の見る目がなかったのね。気づけてよかった！」


彼女は負け惜しみにしか思えないセリフを吐き捨て、カツッとヒールを鳴らして一歩踏み出した。

俺たちの横を通りすぎる間際、きつい香水の匂いと共に怒りを秘めた顔が近づけられる。


「どうぞお幸せに。いつかきっと、私を捨てたことを後悔するわよ」


一段と低い声で呪いのような囁きを残し、ふん、と顔を背けて去っていく。

なかなか強い女性だったな……。〝捨てた〟には物申したいところだが、ひとまず偽恋人との愛を見せつける計画は成功したと言っていいだろう。

俺は彼女の後ろ姿を冷めた目で見送り、脱力してひとつ息を吐き出す。