彼女は突然、僕の前に現れた。
 「思い出してくれましたか!良かったぁ…」
 それでも敦は信じることはできなかった。
 もしあの蝶だとしたら、御伽噺や昔話のように人間に姿を変え会いに来たとでも言うのだろうか。
 敦は今置かれている現状にそして目の前の少女の存在に目を疑う。
 夢だと思い一度玄関のドアを閉める。
 「これは夢だ。決して御伽噺や昔話ではない」
 無理矢理にも思い込むためブツブツと呟きながらもう一度、今度はゆっくりとドアを開ける。
 …どうやら見間違いではないようだ。
 少女は確かに敦の前に存在していた。
 「えっと、何しに来たのかな?」
 「私は恩返しの為に来ました。嬉しかったのです昨日私を助けて下さったことが!…雲様の巣に引っかかった時は死を覚悟しましたから」
 少女は昨日のことを思い出してるのか俯く。
 しかしすぐ敦の方を向いた。
 「ですが、貴方様が助けて下さったおかげでこうして私は生きているのです。ですから恩返しをさせてください!」
 彼女はまるで自分の事を命の恩人やヒーローみたいに言うが俺はそんな凄いことはしていない。
 只々その蝶が綺麗な羽根を持っていたから…。
 「恩返しなんて大層なことはしてないよ。君の羽根が余りにも美しくて飛んでる姿を見てみたかっただけの自分勝手の自己満足だよ。君があの蝶と言うなら助かって良かった。僕にはそれだけなんだ…」
 「あ…」
 敦は玄関のドアを閉めて鍵をかける。
 白く可憐な少女の手は敦には届かなかった。
 彼女がもし茶色い蛾だったとしたら自分はきっと助けていなかっただろう。
 そう考えると胸が苦しくなるのを感じた。
 あれから数時間後。
 敦はずっと少女の事を考えていた。
 「…どうすればいい」
 敦は立って家中を動き回る。
 「…っああもう!埒が明かない!あと一回あと一回だけだからな!!」
 まるで自分に言い聞かせるように敦は言う。
 ドアについている小窓を覗けば誰もいない。
 帰ったと思い一応の想いで玄関のドアを開けた。
 するとそこには。
 「あ、また来てくれた」
 歩いてきたのかこの雨の中を。
 少女の髪も服も濡れていて憔悴しきっていた。
 「何でっ」
 「何でってそれは…恩返し、する…た、め」
 ドサリ、と音を立てて少女は気を失った。
 「おい、おいっ!」
 敦が声をかけても少女は起き上がらない。
 「ったく」
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